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エコ~るど京大

エコ~るど京大

6月の環境月間にちなんで毎年開催している、エコ~るど京大「初夏の陣」。

今年のオープンラボは初のオンライン開催となります!

 

様々な分野から、SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)の目標数にちなんで17人の先生が登場!

それぞれの先生の研究について、SDGsや持続可能性といったものについて、インタビュー形式で聞いていきます。

 

京都大学の創立記念日にあたる6月18日(木)とその週末6月20日(土)、2日間にわたる集中講義?!(単位は出ません)で「持続可能性」やSDGsについて考えたり、大学での学問や京大らしさといったものに触れたりしてみませんか?

 

 

【タイムテーブル】

 

2020年6月5日更新 !!登壇する先生の情報、第1弾を公開!!

・浅利美鈴先生 地球環境学堂 (ごみ問題、環境教育)

・酒井敏先生 人間・環境学研究科 (フラクタル日除け、大気・海洋の力学的構造)

・野中鉄也先生 工学研究科 (鉄ミネラル)

・宮野公樹先生 学際融合教育研究推進センター (学問論、大学論、異分野融合)

・山敷庸亮先生 総合生存学館 (惑星水資源、太陽系外惑星)

 

2020年6月8日更新 !!登壇する先生の情報 第2弾を公開!!

・大山修一先生 アジアアフリカ地域研究研究科 (生業研究、環境利用)

・佐野宏先生 国際高等教育院 (言語論、古代の日本語)

・高橋良和先生 工学研究科 (土木構造物、メタボリズム)

・久野愛先生 経済学研究科 (経済史、食品産業)

・矢野浩之先生 生存圏研究所 (セルロースナノファイバー、木材)

 

2020年6月9日更新 !!登壇する先生の情報、第3弾を公開!!

・石見拓先生 健康科学センター (疫学研究、蘇生科学)

・熊谷誠慈先生 こころの未来研究センター (仏教学、ブータン学)

・田島知之先生 宇宙総合学研究ユニット (霊長類学、食物分配)

・角山雄一先生 放射線同位元素総合センター (放射線教育、生物影響)

・福島誠子先生 野生動物研究センター (国立公園、エコツーリズム)

・矢野順也先生 環境科学センター (廃棄物、ライフサイクルアセスメント)

 

エコ~るど京大のTwitterにて登壇される先生方の紹介を行っています。

こちらもご覧ください。

 

【実施概容】

日時:6月18日(木)、20日(土)

参加費:なし

対象:どなたでも可

オンライン講義の出席方法:基本的にYouTubeによるZoom生放送の閲覧。

Slidoというサービスを使用すると、コメントを通じて先生方との双方向のやりとりも可能!

※京大生は先着でZoomから参加し、直接先生に質問が出来ます!(詳細は後日公開)

参加申し込みはこちらから→https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfJ5C0dug2LSwlsITc6lsZJEQGjtcdgJrtJ5ntYO7edvexG4Q/viewform

 

◎時間割(両日ともに同じ)

1限 08:45~10:15

2限 10:15~11:45

3限 11:45~13:15

4限 13:15~14:45

5限 14:45~16:15

6限 16:15~17:45

7限 17:45~19:15

8限 19:15~20:45

オンライン交流会 20:45~

 

山極壽一京都大学総長より、開講宣言としてメッセージをいただいております。

 

国連が掲げるSDGs。地球上の誰一人として取り残さずに持続可能な世界を実現するため、17のゴール・169のターゲットが2030年までに達成すべき目標として挙げられています。

一方で、6月18日に京都大学は創立123年を迎えます。そのなかには、それぞれの時代によって地球の環境を維持しようと、京都大学が世界に貢献できるように努力をしてきた歴史があります。基本理念には「地球社会の調和ある共存」という言葉もあります。

 

…このふたつには共通するものがあるのではないでしょうか?

 

京都大学に走る様々な学問に触れて、興味をひとりひとり見つけて、できることを考える。それが積み重なれば、大きなものにつながっていく。一緒にそんな2日間にしましょう!

 

今回は特に、まだキャンパス内での授業を受けることができていない新入生をメイン対象とし、大学の先生との交流を通じて、大学の雰囲気や学問、京大らしさに触れてもらえたらと思います。

もちろん新入生以外、学外の方の参加も歓迎です!

 

興味のある分野の話を聞くも良し、ずっとかかえている疑問を投げかけるもよし、とりあえずどんな学問があるのか眺めてみるのもよし、「教授ってどんな人間なのか」「研究ってなんなのか」そんな問いを考えるのもよし。

 

2日間とも90分×8コマで24時間!!個性豊かな先生たちとともに駆け抜けよう!!

 

◎講義1コマの内容

<前半>

エコ~るど京大が行っているキャンペーン「#かばんの中のプラ」を題材に、先生のかばんの中をのぞいてみます!先生の持ち物ってどんな感じなのでしょう?

先生を意外と身近に感じることができたり、先生の研究分野ならではのもの・個性的なものまで飛び出すかも!

これを皮切りに先生ひとりひとりの研究内容を詳しく聞いていきます!

<後半>

少し話題を転換して…先生が興味のあるSDGsのゴールについて話してもらいます!研究内容と関係あるものも、ないものも、そのこころは??

そして「持続可能性」という言葉にも迫っていきます。

先生が研究し始めてからもち続けている軸や信念、考え、絶対にゆずれないものは?逆に、変わってきたものは?

SDGsの期限である2030年までに、変わっていくもの、変わっていくべきもの、持続させるべきものとは…

 

 

主催:エコ~るど京大

事務局:地球環境学堂 浅利美鈴研究室

 


食べきることができなかった料理の持ち帰り容器として欧米において利用されている「ドギーバッグ」。国内でも自己責任で持ち帰ることを身近な習慣として広め、持ち帰りの実践を促す社会的な機運醸成を図ることを目的として「NEW ドギーバッグアイデアコンテスト」が実施されています。

京都大学の「環境学」の講義ではコンテストへの参加が課題となっており、エコ~るど京大でも全面的に支援しています。

せっかくのお料理を残さず持ち帰りおいしくいただくことによって、食品ロスの削減の推進を図るため、たくさんのアイデアを送ってください!

 

主催:環境省、消費者庁、農林水産省、ドギーバッグ普及委員会

 

応募対象

部門①:ネーミングの部

部門②:パッケージデザインの部

a)形状、素材を含め全く新しいデザインの容器のご提案

b)既存の容器の形状を活用し、印刷される絵柄等に関するオリジナルデザインのご提案

 

応募方法:食品ロスポータルサイト内の特設サイトよりご応募ください。

 

応募締め切り:令和2年6月1日(月)24:00  *変更の可能性あり

 

選考・表彰:有識者等で構成する委員会における審査により、各賞を決定します。

後日環境省内において表彰式を開催する予定です。

 

詳しい実施要領についてはこちらで確認してください。

 

参考:京都大学でも、長く、食品ロス等に関する研究が行われています。ここでは、英語の論文をご紹介しますが、日本語での執筆物も沢山あります。関心のある方は、是非ご覧/お問合せください。

  • Tetsuji Yamada, Misuzu Asari, Takahiro Miura, Tomoyuki Niijima, Junya Yano & Shin-ichi Sakai: Municipal solid waste composition and food loss reduction in Kyoto City, Journal of Material Cycles and Waste Management, 19(4), 1351-1360 (2017)
  • Matsuda T., Hirai Y., Asari M., Yano J., Miura T., Ii R., Sakai S. (2018) Monitoring environmental burden reduction from household waste prevention. Waste Management 71:2-9

こんにちは、エコ~るど京大・白井亜美と申します。今回、このSDGsインタビューのテーマは「身近な多様性」です。幸か不幸か私たちは本当に一部しか世界を認識できません。だから考えも行動も「不十分ではないか?」という指摘から逃れることはできません。ですがそれでも「自分は一人前のひとりの人間だ」と思って、毎日生き、いろんなことを考えるのではないでしょうか。私たちもまだまだ未熟ですが、隣にいる人がどれくらい自分と異なる見方を持っているか、ここに少しでも触れていただけたら幸いです。

 

 

インタビュー日:2020年4月12日(私も自分自身にインタビューしてみました。)

回答者:白井亜美(京都大学総合人間学部3回生/エコ~るど京大)

 

 

Q:Goal17「パートナーシップで目標を解決しよう」の中で興味のあるテーマは何ですか?

 

政治、経済、環境問題、途上国貧困、など新聞やラジオで見聞きすることがここに属しているように思えます。毎日の生活の中で時には日本の経済についてどのように動いているのか考えてみたり、アメリカの大統領選挙でアメリカがどう動きうるのか想像してみたり、オリンピックが延期になり何故オリンピックを行いたいのか説明を試みてみたり、常に考えているようなテーマがあるのではなく、日々出会う様々な事柄や状況、周りに広がっている世界についてつらつらと考えています。だから特に「興味のあるテーマ」をあげることは私にはできません。今、今日興味をもっていること、考えていることはわかります。しかし時間的に連続する自分という存在が何か継続したテーマを持っているようなイメージはないですね。

 

 

Q:SDGsが2030年までの目標達成を掲げていますが、この「パートナーシップ」は2030年へ向けてどうなっていくものだと想定していますか?

 

今、まさにパートナーシップとはどうあるべきか、わかりやすく問われているようなきがします。世界的に毒性のやや強いコロナウイルスが蔓延しているなか、大切だと言われていることは「他人との接触を控えること」ではないでしょうか。人との接触をなくすためにパートナーシップまで絶ってしまうのは簡単なやり方です。状況の変化に人間関係を対応させる必要がないからです。「接触を絶て」という明確で強い指示に従っていればよいだけで、面倒くさいことを考える必要がなく、そのように行動する正当な理由まで持つことができてしまいます。しかし、それではもの足りない、と感じてしまうのではないでしょうか。人との接触を絶っても交流は続けたいと思ってしまいます。そうすると変化し続けている状況に対応してどのタイミングで、どんな方法で、どういったことをするか、電話で話す、ズーム飲み会する、手紙を書く、メールする、そうやって複雑な人間関係を紡いでいく必要があるように思います。現在はコロナウイルスというはっきりした危機が迫っているように思いますが、ウイルスが蔓延していなくても日々生きていく中で様々な困難があり、それはウイルスのようには共有され得ないかもしれません。だからパートナーシップを気づいていくことはとても大変で難しいことだと思います。2030年までにパートナーシップで目標を達成するという表現には少し違和感があります。私にとってパートナーシップというのはそれ自体が目標であり、目標を達成することとパスワードを築くことは同値です。SDGsに挙げられているような目標に立ち会うために自らが当事者になり周りの人たちとパートナーシップをもつことが必要です。そして同時にパートナーシップを持つことができれば目標は達成できると思います。目標を達成するというのは、何か特定の指標があることではないと思います。つまり、目標が達成されたと判断するのは当事者たちであり、当事者の間でパートナーシップを作れたらその課題との上手い付き合い方が生まれるはずです。そしてこれがある意味で目標達成なのではないでしょうか。2030年までに達成するか、ではなく今この瞬間から2030年までずっと面倒なパートナーシップを模索する必要があって2030年のその先もずっと辛抱強く向き合い続けなければならないと思います。

 

 

Q:「パートナーシップ」に取り組むにあたって主体はどこにあると思いますか?

 

やはり「自分」ですね。自分が手を差し出せば手を結ぶことができると思います。逆に手を切れば簡単に絶てます。差し出した手が相手に見えることもあるかもしれないですし、時には声が届くこともあるかもしれない、「つぶやき」だってそのイメージですよね。自分がまず動く、その意味で主体は自分です。

 

 

Q:最後に、Goal17を一言でいうと何ですか?

 

「ちょっと心を決めて共感する」

 

パートナーシップをつなぐことそのものが目標です。そしてそのためには「(別世界を生きている)他人も自分と同じだ」と感じることが必要だと思います。さらにそのためにはその人を知ろうとする努力が必要で、異なる価値観に近づいていくことは難しいことです。だから自分に余裕があるときにちょっとだけ気合いれてその人その行動の気もちを考えてみることが必要なのではないかなと思います。

 

 

 

最後に…

 

まず、インタビューを受けてくれた素晴らしい友人たち、相談にのり、私にアドバイスを与え、私の長い話にお付き合いしてくれたすべての方々、本当にありがとうございます。そしてここまで読んでくださった読者さま、本当にありがとうございます。自分がこういう機会を持てたことに感謝と嬉しい気持ちでいっぱいです。全体を通してインタビューをしながら感じたことは、自分の本当に近い集団の中の多様性を実感する難しさです。私も、私が今回インタビューした友人たちも、「エコ~るど京大メンバー」として日々ともに様々な活動をしています。その中で協同してイベントを運営したり、一緒にご飯を食べたり、たわいのないおしゃべりをしたり、同時に真剣な議論をしたり、多くの時間と空間と感情を共有しています。だから自分がある程度正しいと思って、少なくとも自分にとってはしっかり向き合えたと思って、考えたことは周りの友人たちも賛成してくれると思ってしまっていました。しかし蓋を開けてみると、何回も一緒にイベントをしてきたSDGsに対する捉え方、環境問題の想定、普段大学生活の中で大切にしているポリシーのようなもの、生き方、持っている哲学…。かなり異なっていました。そんなこと知っていると思われるかもしれません。私も「人間は多様だ」などという言葉はとても当たり前であると思います。ですが同時に全く考えが異なっている部分も自身が想定しているよりはあると思います。

例えば「殺人はよくない」という意見に賛成する人は多いでしょう。細かい哲学的な議論は割愛させていただくのですが、自分が誰かに命を奪われるという想定をすると不当だと思いますし、誰か身近な人を失う悲しみを想像して人一般に応用させることもできるでしょう。一方、「勉強は大切だ」はどうでしょうか。これは賛成かそうではないかを議論する前に「勉強」の定義を捉えなおす必要がありますが、ここでは机に対して行うものと限定するとすると、大学関係者に質問したとしても答え方は様々出ると想像するでしょう。そして同様に、賛成されやすい度合いがどれほどか、という考え自体も人によって様々でしょう。ある人が自明だと思えば、賛成を得やすいと考えている可能性があると思います。しかし他の人にとっては自明ではないかもしれません。こういう風にことばに起こすと大変つまらない、ありきたりな印象になってしまうのが歯がゆいのですが、私はこの多様性の難しさに今更ながらポジティブにショックを受けてしまいました。この衝撃は多くの人も持ちうるのではないかと私は自分の経験から勝手に想像している訳なのです。

このように人によって大切なことが違うと思うと、「何をすべきか」ということが大変曖昧になるのではないでしょうか。人によってすることが違うから「私が」何かしなければいけないという実感はなく、もちろん科学的、客観的な保証も全くありません。であれば、自分は何をもって、伴って生きていくのか、何を正しいとするのか、何を大切にするのか、ある意味で自由に決めてよいと思います。そして同時に(そういう余裕のある時には)身近な他人が全く違う視点を持っている、という事実に大変ワクワクしました。今回のインタビューは私にそんな発見と経験を与えてくれたように思います。


こんにちは、エコ~るど京大・白井亜美と申します。今回、このSDGsインタビューのテーマは「身近な多様性」です。幸か不幸か私たちは本当に一部しか世界を認識できません。だから考えも行動も「不十分ではないか?」という指摘から逃れることはできません。ですがそれでも「自分は一人前のひとりの人間だ」と思って、毎日生き、いろんなことを考えるのではないでしょうか。私たちもまだまだ未熟ですが、隣にいる人がどれくらい自分と異なる見方を持っているか、ここに少しでも触れていただけたら幸いです。

 

 

インタビュー日:2019年12月18日

回答者:久保文乃(京都大学農学部4回生/エコ~るど京大)

 

 

Q: Goal016「平和と公正をすべての人に」を見てどんな印象を受けましたか?

 

一回生の時にSDGsのターゲットを読み、これは法律についての話だと知って、「あ、やばい。法律全然わからない」と思ったのが最初の印象です。このGoalは暴力、テロ、戦争などで自分の命が脅かされないように司法をしっかり整備していくものだと思っています。私自身は日々「明日暴力で死ぬかもしれない」と怯えているわけではなく、実感として捉えづらいなと感じました。また、日本企業の「SDGs平和と公正について取り組んでいます」というものをみても、情報開示や相談機関を充実させていますといったものが多く、あまりぴったり当てはまるところが無いという印象を受けました。このターゲットの中にあらゆる形態の暴力という言葉もあり、先程のような企業の取り組みも、ハラスメント関連の課題も重要であると思いますが、Goal16 のメインのフォーカスからはちょっとずれている気がします。

 

 

Q:SDGsが2030年までの目標達成を掲げていますが、このGoal16は2030年へ向けてどうなっていくものだと想定していますか?

 

2030までといわれるとそこまでに達成できるのか、どうなのか、と思う気持ちが大きいです。しかし、一番は自分から変わっていくことが求められるのではないでしょうか。この目標があることによって、身の回りの現状を振り返るきっかけになり、「国がもっとクリアな機関にならなければならない」と思うことにつながると思います。最近、世界的に一般市民が集まって抗議活動をすることが結構ありますよね。私の中で抗議活動は少し過激な印象がありましたが、そういう障壁が薄れていっているように思います。センター入試についても、高校生や教員が集まって抗議活動して、最終的に(いくつかの新しい改革が)中止になりました。一般の市民が一人一人集まり、訴えていくことで最終的に上を変えることができるということを多くの人が実感したのではないかと思います。この目標に限りませんが、SDGsを達成しなければならないと思った時にはそう感じたひとりひとりが意見を発信していくことも有効ではないでしょうか。

 

 

Q:あまり実感として問題を捉えづらい「平和と公正」について私たちが取り組む意義はどこにあると思われますか?

 

SDGs自体が広がることは目的ではなく、SDGsを通じて世界にはこういう問題があるという視点を与えてくれるものです。自分の身の回りの小さな社会の中の課題を見つけ、解決するために動くきっかけを与えるものではないでしょうか。今は「平和と公正」という言葉だけが広まっているように見えます。「平和と公正」と言われると、日本は平和だから自分には関係がないように思えますが、ターゲットまで見ると「あらゆる」「すべての」といった表現があり、課題は外で起こっていることではなくて、実は身の回りにもあり、自分にもあてはまる領域が広いと気づきます。一人ひとりが自分の周りについて考え始める状況になることが良いのではないでしょうか。皆が一旦SDGsの視点から問題を見ることにより、この世界にGoalにあてはまるような問題があることが見えてくると思います。そしてターゲットを見るとその問題だけではなく、身の回りにも関連した問題があるかもしれないと気づけるのではないでしょうか。

 

 

Q:最後に、Goal16を一言でいうと何ですか?

 

「省察とバランス感覚」

 

省察について。「平和と公正」の第一印象は、身近に感じづらいというものです。個人的には、暴力によって命を落とすことに怯えて生きているわけではないですし、クリーンでない政府による実害を感じていないからです。でも、身の回りに課題がないとは言えません。この目標は、社会や自分の行動を振り返らせるものです。

バランス感覚について。まず、平和はもろいもので、絶妙なバランスの上に成り立っているものだと感じます。国の間での「報復」のし合いを見ていると、今の「平和」も綱の上にあるもののように思えます。先進国であり、成熟している印象のある国でも、他国民を殺害したり、核実験が行われたりしています。平和であるべき、戦争や核はあってはならないものと学んできましたが、平和でない世界は思ったより身近にあります。

また、他国や他人のことにどれだけ干渉できるのでしょうか。他国がある政府の善し悪しを評価できるのか疑問ですし、個人レベルで考えてみても、家族を殺されて、殺した相手を許せ、報復するなとは言えません。目標達成には他国への働きかけが必要だと思いますが、それにはバランス感覚が重要だと思います。こういったバランス感覚については、これから学びたいところです。

 

 

 

(以下白井よりコメント)

ありがとうございました。

私もGoal16「平和と公正をすべての人に」は普段あまり意識しない目標だと思っていました。そういった中で自分にどう大切か、どう関わるかを考える前に、まずSDGsを読んでみる、SDGsに近づいてみる。そうやって私たちの方が理解しようと努力して初めてSDGsを使える、そんな気がしました。SDGsは確かに幅広くて誰も取り残していないかもしれないでしょう。しかしその良さ、その強みは個人個人に引き出されなければ生かされないのではないでしょうか。実感ない、よくわからないと言ってしまうのはとても簡単です。私は海外旅行が好きでよく行くのですが、普段意識して情報収集する日本の話題(政治、経済、痛ましい事件、イベント情報など)も旅行中で海外にいると日本のニュースを全く気にかけなくても生きていけてしまう、不思議な気持ちになります。つまり海外にいるときは何か別のことに集中していて日本の状況に心を割く精神的余裕がないですし、その時は身近でないのかもしれません。「身近な問題に感じる」というと何か自然にそう思われるように思いますが、きっと自ら近づいていかなければならないのではないでしょうか。そして「身近」を広げるのにSDGsはターミナルのような存在となりうるのではないかと考えました。


こんにちは、エコ~るど京大・白井亜美と申します。今回、このSDGsインタビューのテーマは「身近な多様性」です。幸か不幸か私たちは本当に一部しか世界を認識できません。だから考えも行動も「不十分ではないか?」という指摘から逃れることはできません。ですがそれでも「自分は一人前のひとりの人間だ」と思って、毎日生き、いろんなことを考えるのではないでしょうか。私たちもまだまだ未熟ですが、隣にいる人がどれくらい自分と異なる見方を持っているか、ここに少しでも触れていただけたら幸いです。

 

 

インタビュー日:2020年1月15日

回答者:西本早希(京都大学農学部3回生/エコ~るど京大)

 

 

Q:Goal15「陸の豊かさも守ろう」の中で興味のあるテーマは何ですか?

 

意味のある植林をしているかについてです。日本の戦後の植林、スギやヒノキをいっぱい植えてみたけれど、現状として日本の森林がうまく回っていない状態、しかも花粉症の症状を訴える人ばかりの状態、それってどうなんだと思うところがあります。先日聞いたことですが、「砂漠化防止のため砂漠に植えられる木があり、それは(砂漠のような)限界条件でも生長しやすい植物体で有名らしい。でも生えてきたら棘があり人々が利用できるような木ではなかった。棘が痛くて例えば中に入って農業したり生物が住んだりできなかった。だから最終的には燃やすしかなかった」。これでは意味がないですよね。なんかいいことをやろうと思っても結局結果として出てきたものをうまく利用できていないのではないでしょうか。

 

 

Q:SDGsが2030年までの目標達成を掲げていますが、この「植林」問題は2030年へ向けてどうなっていくものだと想定していますか?

 

多分お金をかければ形としては、数字としては、達成できるでしょう。でもそれが「2020年まで」とか「2030年まで」というところに落ちてしまいそうですね。つまり2030年までに達成しようと思って頑張ってやったとしてもその先20年30年後に「あれって結局よかったのか」と考えそうだと思います。たぶんターゲット15-3【2030年までに砂漠化に対処し、砂漠化、干ばつ及び洪水の影響を受けた土地などの劣化した土地と土壌を回復し、土地劣化に荷担しない世界の達成に尽力する。】といったところを多分目指していくべきだと思います。単に森林を増やすだけでなく、20年後30年後、もっともっとそれ以上持続できる森林や土地をつくることが重要ですよね。

 

 

Q:持続可能性とはどういう意味だと思いますか?

 

ターゲットに書いてあるけれど森林の経営ではないでしょうか。人間が入ってその森林を持続させようっていうのが森林の経営だと思います。多分もともと森って人間が入らなくてもまわるもので、そこでいろんな動植物の複雑な関係がうまい具合に、いい塩梅で成り立っているからこそ、人間の手を必要とせずに持続しているのではないでしょうか。ここから人間が植林してさらに森林を増やして、しかもその森林を持続させていこうとしたところで、この理解できない複雑性をつくり上げられるのかという問題があると思います。人間の欲が出ると難しいですよね。

上手く森の中で生活している民族だっているわけですよね。このように生活すれば持続するだろうという例はきっと世界の中にはたくさんあると思います。ですが日本人みたいに便利さを手に入れてしまった人間、森から離れて森を一回破壊してしまったような生活をしてきた人間にとっては多分我慢しないと無理だと思います。しかし何も考えずにそのまま日本人が生きていったら同じ過ちを繰り返すだけです。かといって我慢して森の中で生活する民族に近づく必要はないと思います。今までは森林を破壊して海外の森までも使って日本人は生活してきたわけだから、我慢するよりももうちょっと気を付ける、何か折り合いをつける付き合い方を模索するべきではないでしょうか。

 

 

Q:「日本の持続可能な森林」問題に取り組むにあたって主体はどこにあると思いますか?

 

いわゆる森里海にいる人たちという感じですね。私は今京都大学にいてあまり森に囲まれている感じはしていません。実感がないだけでどこかで恩恵を受けているとは思いますが…。自分くらい遠くにいる人ではなくて、もっと実感としてその森を使っている人たち、里に住んでいる人たち、そこから流れてきた川とか海とかを利用している人たちの方が結局実感を持って活動できて、自分事でその後の変化っていうものを感じ取れると思います。私が植林したところで植えて満足してしまう。そこで生計を立てている人たちがやることによって、問題が見えてきたりもっといい方法が見つかったりする気がします。

 

 

Q:上の質問で挙げていただいた「主体」と「自分」にはどのような関係があると思いますか?

 

地元の山で、地元の海でと言われると心理的にすごく近く感じます。たぶんそれはまだ森里海にいる感覚に近いのかなと思います。しかし何か行動といわれると多分しないでしょう。今現状どうで、どういう対策があって、と結局頭で考えるくらいになるのではないでしょうか。これから自分がどういう研究テーマをもっていくかによっても変化してくると思います。例えば自分の専門知識が使えるなら、自分が大切にしたいことであるし、もっとやりたい、関わりたいと思います。でも全くの専門外は中途半端な知識しか持っていないから、その活動は本当のところ意味があるのか、という疑問が生まれてくるかもしれないです。私は懐疑的な見方から入ることがあるので、10年20年を想定できるくらいには詳しくないと実際に関わろうとは思わない、信じきれないのではないでしょうか。安易に専門家や知識人が「これが正解だ」と言うから自分も賛同するというのは何か違うかなと思います。

先進国に行けば行くほど、街に行けば行くほど森林保護の問題は後回しにされるのではないでしょうか。日本は森林面積が大きい分、国としては広く関係あるかもしれないけど、この問題は実感する人が限られる気がします。実際にそんなにエコ~るどの活動にも出てこないので。ニュースや授業で聞いて皆が危機を感じるかもしれないですが、実際何もしないのではないでしょうか。

 

 

Q:最後に、Goal15を一言でいうと何ですか?

 

「森林に最大の尊敬を」

 

森林は私たちに森林資源を与えるだけでなく、生態系や川や海などの水環境の保護の役割を担っています。いわば森林の保護は地球全体の保護に繋がりますが、その規模の大きさ故に保護活動は容易ではありません。着実に保護活動を続けるために、まずは最大の尊敬を持たなければならないだろう、と考えます。

 

 

 

(以下白井よりコメント)

ありがとうございました。

実感する人が限られる、語っていましたがこれは日本の森林問題だけでなくすべてのことについて言えることなのではないでしょうか。たまに情報を目にしたり耳にしたりするような人は思い出した瞬間は危機感を持っても、危機感を持ったまま生活しているわけではない。全然「やばい」と思って生きていないのではないでしょうか。自慢できることでは全くないのですが、私も問題を見ず、悩みなく生きている一人なのです。森林が維持できないことでそこを住処とする動物が絶滅の危機に遭っているとよく報道されます。例えばメダカや蝶など枚挙にいとまなく存在しますが、そういった情報に会って「大変だ」、「かわいそう」などと思ってしまうこともあるでしょう。でもその時きっと檻の外から状況を眺めているだけでその人はその問題に全く巻き込まれていないし、巻き込まれようともしていないように見えます。だからといってすべてのことに対して危惧することも不可能なのではないでしょうか。今の世の中には情報に溢れていて心配できることが多すぎるように思います。だから実感する人が限られるなかで当事者意識のある人がこの事実にどう向き合うか、この取り組みが必要なのではないでしょうか。