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【京大!バイオスクープ】file46 ギンゴケ

2025.07.15

学び 京大!バイオスクープ

文責・島田草太朗

複雑な生態系を少しでも理解し、さまざまな自然を徹底的に究明したい京大!バイオスクープ。今回のご依頼はこちら「コケが白っぽく汚れているのはなんですか?」

この下の方のやつですね?

地衣類大好きな筆者は一瞬地衣類と見間違えることが多いです。ちなみに写真右上のは地衣類(ヒメショウゴゴケ)です。
実はこれ、コケが汚れているわけではなく、コケ自身の生存戦略なのです。このコケは、ギンゴケという種で、ときに葉の先半分が白っぽくなる生態を持っているのです。

ギンゴケ(銀蘚)
学名:Bryum argenteum
蘚類 ハリガネゴケ科 ハリガネゴケ属
@東大路通に面した石垣(総合博物館より少し南)


 

へぇ☆「「銀」の正体」

緑がない

ギンゴケ(銀蘚)の「銀」、白緑からほぼ白な部分は、銀や白の色が着いているのではありません。そこにはただ緑色が無いのです。
一般に、植物の緑色は主に葉緑体が持つクロロフィルと呼ばれる色素に由来します。
クロロフィルは光合成に於いて、エネルギーの形態を光から化学的なものへと変換するのに欠かせない色素ですが、ギンゴケの白っぽいところには葉緑体もこのクロロフィルも無く、透明なのです。
具体的には葉の先半分が透明となっています。この形質を透明尖(とうめいせん)と呼んでいるのを見かけますが、透明尖と呼んで良いのか筆者には疑問です。透明尖とはふつう透明な毛尖(hair point)または芒(awn)のことを指します。また、毛尖/芒は葉からの’はみだし’のことを指します。つまり’はみだし’でない葉の部分自体が透明なギンゴケの形質は透明尖に該当しないのではないかと思えてくるのです。もちろん、ギンゴケにも透明尖はあります。つまり、葉の透明な’はみだし’、特に中肋の延長、はあります。問題は、葉の約半分が透明という形質のことを透明尖と呼べるか、です。’はみだし’でない葉自体が透明なことも透明尖と呼んで良いのでしょうか。もしお詳しい方がおられましたらお教え頂きたいです。
以下では、ひとまずここだけの用語として、葉の’はみだし’が透明という形質のことを「狭義の透明尖」、葉自体が透明なことも含めた形質を「広義の透明尖」、と呼ぶことにします。

どうして「銀」?

どうして葉の一部を大事な光合成に役立てられず透明となってしまうのでしょうか。
実は、寧ろこの透明な部分こそがギンゴケが生き残るには大事なのです。そもそもギンゴケの葉は必ず約半分が透明なわけではありません。葉が部分的に透明になるのは或程度乾燥している場合で、乾燥するほど透明部分は大きくなります。透明になるのは乾燥への反応なのです。
では乾燥への反応として透明になることにどんなはたらきがあるのでしょう。
狭義の透明尖に関しては、ギンゴケではありませんが、他の(狭義の透明尖しか持たない)コケで実施された研究があります([1])。それによると、重さにしてシュート(植物体:葉や茎をまとめた語)のたった 4.77%しか占めない狭義の透明尖であっても、それがあれば、それを除いた場合に比べて、 24.87% も多く水分が保有されるとのことです。この実験はシュートを、105℃で15分、75℃で24時間、オーブンで熱するというものです。完全に水和したシュートが、透明尖無しでは50分で完全に乾燥するのに対して、狭義の透明尖有りではそれには70分かかる、という結果も得られています。
また、狭義の透明尖は、白っぽく見えることからも分かる様に、太陽光を反射することで水分が失われることを防いでいると言われています([1],[2])。

ギンゴケの広義の透明尖もまた、狭義の透明尖同様、太陽光を反射して強い光や乾燥を防いでいると考えられます。狭義の透明尖を持つ種でも、多くは乾燥時に葉が縮れて湿潤時に開くのですが、ギンゴケの葉が縮れることなく強い光や乾燥に耐えられるのは、「銀」に輝き光を反射するからかも知れません。

よく見ると美しい。東大路通東側、総合博物館から少し南。

 

へぇ☆☆「恥ずかしがり屋なオス」([3])

恥ずかしがり屋なオス仮説

少しギンゴケから離れてコケ一般の話をしましょう。

コケには雌雄異株と雌雄同株の種があります。雌雄異株はそれぞれの個体ごとに性別が決まっていることで、雌雄同株は一つの個体がオスでもありメスでもあるということです。
雌雄異株のコケでは、なんとだいたいメス株ばかりが見つかるという大きな偏りが有ります。この偏りの理由には諸説ありますが、一つが恥ずかしがり屋なオス仮説(the shy male hypothesis)です。実際は(遺伝的)性の偏りは無く均一であるが、オスの性発現の頻度が極端に少ないため、メスばかりいるように見えるのだ、という仮説です。オスは実はいるのだけれども、恥ずかしがって隠れている、と言えば誤解はありますが、まぁそんなイメージでこの仮説の名前なのでしょう。

性発現とは、有性生殖のための、造精器や造卵器などの生殖器官を発達させることです。実は、雌雄異株のコケでは、有性生殖はあまり起こらないことが知られています。造精器で造られた精子と造卵器で造られた卵子とが受精し、受精卵が胞子体へと成長し、胞子体で造られた胞子を散布して新たに配偶体が増殖していく、この過程がコケの有性生殖です。この有性生殖中、胞子の状態では、胞子を形成する際の減数分裂から推測されるに、性比は1:1と考えられています。しかし、この胞子体が、雌雄異株のコケでは滅多に見られないのです。雌雄同株の種の内で胞子体が稀なものは1割以下ななか、雌雄異株の種の内では7割近くで胞子体が稀であり、しかもその内胞子体が一切観察されたことのない種が4割を占める、という統計もあります(イギリス:[4])。関連してか性発現しないシュートも多くあるのです。
性発現していないシュートの中に、実はオスがたくさんいるのではないか、これが恥ずかしがり屋のオス仮説です。

ギンゴケのオスは「恥ずかしがり屋」?

ギンゴケは雌雄異株です。では、ギンゴケのオスは「恥ずかしがり屋」なのでしょうか。
dos Santos et al. (2023) は、野外のギンゴケの性比と、性発現していないギンゴケを持ち帰って培養して性発現させた結果の性比とから、ギンゴケのオスが「恥ずかしがり屋」かを検証しました。その結果、先ず、野外で性発現していたギンゴケ(雄苞葉または雌苞葉や胞子体が形成されていたシュート)の割合は、乾燥地で約15%、湿潤地で11%でした。そして培養した結果、乾燥地・湿潤地に関わらず、採集したギンゴケは90%以上が性発現しました。さて、性比はどうだったかというと、野外でも培養した結果でも相変わらずどちらでも大きく雌に偏っていました。しかし、野外での性比と培養されたギンゴケの性比とを比べると、培養されたギンゴケの方が有意にオスの割合が大きいという結果になりました。具体的には、野外では43の個体群の計1299のギンゴケの内でメスが186、オスがたった1だったのに対して、培養された計624の野外で性発現していなかったギンゴケの内、462がメス、89がオス、21が死亡、45が性発現せず、7が雌雄同株でした。
この結果から、恥ずかしがり屋なオス仮説ではギンゴケの雌が圧倒的に多いことは説明できない、と言えると思います。一方で、培養して性発現した内のオスの割合が野外のそれより圧倒的に大きいことから、ギンゴケのオスは「恥ずかしがり屋」であることもまた、確かに示されたのです。

へぇ☆☆☆「最強」

「最強生物」といえばクマムシを思い浮かべる人も多いと思います。そのクマムシが身近に多くいる場所としてギンゴケは有名です。最強の棲家もまた最強。実はギンゴケも「コケ界最強」と言うに相応しいのです。

コスモポリタン

ギンゴケは、世界中殆どの地域で見られることから、コスモポリタンモス(cosmopolitan moss)の異名を持ちます。特に、砂漠や南極といった極地に生息することで、その環境耐性の強さが知られています。現在南極に定着しているギンゴケは、なんと最終氷期以前(50万~400万年前)から幾度も南極大陸へ侵入したものが氷河期をその場で幾度も生き抜いたものだ、と言われています([5])。日本に生息するギンゴケと南極に生息するギンゴケの間には50万~400万年ものギャップがあるということですから、流石にそこらのギンゴケにそこまでの強さはないでしょ?と思うかも知れません。しかし、実際に比較して、日本のギンゴケと南極のギンゴケとの間に環境耐性の差は全くといっていいほど無いことが示されています([6])。

とにかく強い

へぇ☆でも触れましたが、とりわけ強い光や乾燥への耐性は抜群です。
一般に、光が強過ぎることは植物には有害です。一般的に植物が生きるのに欠かせない光合成は、光によって励起された特殊なクロロフィルの電荷分離反応に始まります。しかし光強度が光合成の消費能力に負えなくなると、クロロフィルの過剰な励起により活性酸素種(reactive oxygen species ; ROS)等の有害種が発生します。
またご存じの通り、乾燥も植物にとって負荷となります。光合成の電荷分離反応に於いて主要な電子供与体が水分子なため、水不足は、光合成をする植物にとっては深刻な負荷となるのです。実際、殆どの高等植物は相対含水比が3割を下回ると生きていけません。
しかしギンゴケは、多肉植物のような形態も、強い根も持っていない(つまり水分量などの制御が難しい)にも関わらず、乾燥下では葉を白っぽく変色させつつ耐え、再び湿潤となった時に数秒や数分で緑へと蘇るのです。なんと、120℃で20分熱しても蘇ることが報告されています([7])。
更に、銅、亜鉛、鉛、ニッケルなどの重金属への適応を示し、金属に汚染された鉱山鉱滓、蛇紋岩地帯、都市部などそれぞれの環境へ柔軟に適応していることも知られています([8],[9])。道路脇に沢山見られるのも、強い光の他にこのような金属への耐性のおかげかも知れません。
他にも、抗菌作用を示すことから新薬の開発へ貢献するかも知れません([10])し、宇宙などの極限環境を生き抜く鍵となるかも知れません([11])。

 

ギンゴケは最強の「恥ずかしがり屋」だった。

参考文献

[1] Tao, Y., Zhang, Y.M. Effects of leaf hair points of a desert moss on water retention and dew formation: implications for desiccation tolerance. J Plant Res 125, 351–360 (2012). https://doi.org/10.1007/s10265-011-0449-3

[2] Glime, J. M. 2017. Temperature: Effects. Chapt. 10-1. In: Glime, J. M. Bryophyte Ecology. Volume 1. Physiological Ecology.

[3] dos Santos, W. L., Pôrto, K. C., Greenwood, J., Davis, A., Pinheiro, F., & Stark, L. R. (2023). A comparative study of cultured and field plants provides evidence for the shy male hypothesis in tropical genotypes of Bryum argenteum Hedw. Journal of Bryology, 45(3), 181–191. https://doi.org/10.1080/03736687.2023.2251776

[4] [Haig David](https://royalsocietypublishing.org/author/Haig%2C+David) 2016. Living together and living apart: the sexual lives of bryophytes. Phil. Trans. R. Soc. B37120150535
[http://doi.org/10.1098/rstb.2015.0535 ](https://doi.org/10.1098/rstb.2015.0535 )

[5] Pisa, S., Biersma, E.M., Convey, P. et al. The cosmopolitan moss Bryum argenteum in Antarctica: recent colonisation or in situ survival?. Polar Biol 37, 1469–1477 (2014). https://doi.org/10.1007/s00300-014-1537-3

[6] Shibata, Y., Mohamed, A., Taniyama, K. et al. Red shift in the spectrum of a chlorophyll species is essential for the drought-induced dissipation of excess light energy in a poikilohydric moss, Bryum argenteum . Photosynth Res 136, 229–243 (2018). https://doi.org/10.1007/s11120-017-0461-0

[7] Zhuo L, Liang YQ, Yang HL, Li XS, Zhang Y, Zhang YG, Guan KY, Zhang DY. Thermal tolerance of dried shoots of the moss Bryum argenteum. J Therm Biol. 2020 Apr;89:102469. doi: 10.1016/j.jtherbio.2019.102469.
https://doi.org/10.1016/j.jtherbio.2019.102469

[8] Jonathan Shaw, Samuel C. Beer and Julianne Lutz. (1989). Potential for the Evolution of Heavy Metal Tolerance in Bryum argenteum, a Moss. I. Variation within and among Populations. The Bryologist, 92(1), 73–80. doi:10.2307/3244019

[9] A. Jonathan Shaw and Deborah L. Albright. (1990). Potential for the Evolution of Heavy Metal Tolerance in Bryum argenteum, a Moss. II. Generalized Tolerances among Diverse Populations. The Bryologist, 93(2), 187–192. doi:10.2307/3243622

[10] Aneta Sabovljevic, Marina Sokovic, Marko Sabovljevic, Dragoljub Grubisic, Antimicrobial activity of Bryum argenteum, Fitoterapia, Volume 77, Issue 2, 2006, Pages 144-145, ISSN 0367-326X, https://doi.org/10.1016/j.fitote.2005.11.002.
(https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0367326X05002315 )

[11] 沓名亨, 三宅剛史, 西平直美, 藤井暁子, 小野文久, 山下雅道, & 三枝誠行. (2010, February). 乾燥, 低温およびアブシジン酸処理によるギンゴケの糖量変化. In 宇宙利用シンポジウム= Space Utilization Research: Proceedings of Space Utilization Symposium (No. 26). 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部.

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