文責・堀口実咲
複雑な生態系を少しでも理解し、さまざまな自然を徹底的に究明したい京大!バイオスクープ。今回のご依頼はこちら「コケはどうやって生きているの?」
コケ(木毛・小毛)
学名 Bryophyta
@色々なところ! (京都大学芦生研究林では、希少種が多くみられるとのことです([1]))
分布 種類により分布は分かれ、コケ全体としては日本全国([2][3][4])
時期 一年中
コケの語源は、「木毛」や「小毛」で、木や地面に生えているものの総称を指すものでした。この総称は、広義の意味のコケとして、ウメノキゴケ(地衣類)、クラマゴケ(シダ植物)、アワゴケ(種子植物)などの、多様なものを含めていますが、これらの項目が分類学研究の観点から細分化されたように、コケも狭義の意味では、蘚苔類を指すこととなったようです([5])。
この狭い意味でのコケを意味する蘚苔類は、分類学上は、蘚類(せんるい)、苔類(たいるい)、ツノゴゲ類の3種類に分類されます。では、それらの違いは何に由来するのかと言えば、根本的な違いは、胞子の作り方にあるということです。
ここで、胞子の説明を加えます。胞子というのは、蘚苔類が繁殖するために用いるものを指します。
よく聞く種子植物との区分違いは、ここにおいて発生します。すなわち、種子植物は、種子を用いて繁殖するのに対し、胞子で増えるコケ植物やシダ植物、藻類、菌類 は、胞子を用いて繁殖します([6])。胞子で増える胞子植物であるコケは、その維持のための機関として、胞子をつくる胞子体と配偶体(胞子体は雌性配偶体上で形成されるとのこと)の大きく2つの体からなるといいます。
これらの機関を用いて作る胞子の作り方の違いにより蘚類、苔類、ツノゴケ類とが分かれているということです。また、コケ植物にはこれまで説明してきた胞子を用いる有性生殖以外に、自身のクローンを無性芽等を用いて作る無性生殖という方法も必要とする種があるということです([7][13])。
根を持たず、からだ全体で水分を吸収し、光合成をするコケは、木の幹や岩の上、土手、石垣などに育つ植物です。空中湿度が保たれた環境や安定した水量が流れる渓流などはコケの生育に適しており、種類豊富に群生します([8])。その種類も豊富で、日本では約1900類、世界ではおよそ約2万種が見つかっていると言われます([9])。また、コケは、比較的どんな場所にも生息することができるといわれていますが、コケの表面から数cmの空気の圏内では、一種の空気のレイヤーができており、その中で様々な生物が暮らすとともに、コケ自身も大気中の気候変化から一つ層を置いて、安定的な生活圏を築いていることが分かっています([13])。
日本には、国歌『君が代』で「こけのむすまで」と歌われていますし、京都では西芳寺というお寺が120余種のコケのむしていることから、別名は苔寺と呼ばれており([10])、日本にはさまざまな種類のコケが生息するとともに、様々な場面で日本人はコケを愛でてきた歴史があるかと思われます。皆さんも、身近なコケやアニメの世界でジブリ映画などに登場するコケを見たことがある方は、その荘厳さと心の安らぐ神秘を感じたことがあるのではないでしょうか?
こちらの写真は附属図書館前です。
へぇ☆「水との相性抜群!浄化作用について」
コケには、水の浄化作用があります。というのは、コケには硝酸塩やリン酸、二酸化炭素を吸収し、酸素を放出する作用があるのです([11])。これらの機能から、浄水設備にも用いることができます。人間が手を加えるのではなく、生命の仕組みで水を浄化することができるこの力を用いることができれば、効率の良い浄化ができて自然のエネルギーなので、一石二鳥じゃないかと夢想したりします。このほかにも、放射能を吸収する力、レアメタルを浄化する力、空気清浄化(微細な塵を除去する高い浄化作用)、消臭(空気中の水分や栄養分を吸収する作用や、苔の細胞壁が金属を蓄積する性質を利用し、消臭や汚染物質の浄化などの研究も行なわれている)、抗菌・抗カビ(苔の持つ抗菌や抗カビの効果から、太古には脱脂綿の代わりにした記録もある)、炭酸ガス同化作用(炭素を体内に固定化する働き)、土の表面を守る(土の保水力をアップしている)などのような効果もあります。
様々なものを浄化する作用を持つコケですが、ここからさらに拡大して、コケの作っている生活圏に目を移してみましょう。
へぇ☆☆「コケはどのように進化してきたの?進化的起源について」
そんなコケですが、先程述べたように陸上に最初に上陸した生物と関連が強いことが認識されていることから、陸上植物の起源について興味深い研究がされており、今後の研究結果を待ちたいところです。
この研究というのは、基礎生物学研究所生物進化研究部門の岡野陽介研究員、長谷部光泰教授らの研究グループが、科学技術振興機構、金沢大学学際科学実験センターとの共同研究によってなされたものです。
これまでには、最初に上陸した生物は、現生のコケのような胞子体が枝分かれをしない全体として一つの構造を持っているものが原始形質であって、枝分かれのある方が派生形質と説明されてきました。
しかし、従来より、陸上に進出した時期の化石からは、この構造のものではなく、胞子体が枝分かれをする構造の前維管束植物のものが多数産出されることに疑問がありました。そこで、ヒメツリガネゴケというコケにおいてポリコーム抑制複合体2(PRC2)遺伝子(以下ポリコーム遺伝子)と呼ばれる細胞の記憶を制御する遺伝子を壊したところ、胞子体が枝分かれをする絶滅した化石植物(前維管束植物)に似た植物体が形成されるということを発見したのが今回の研究成果になります。この成果は、化石記録に基づいて現生のコケや現在の維管束植物、我々を含む陸上生物の祖先を胞子体が枝分かれをする構造である前維管束植物とする仮説に沿うものです([14])。
また、北海道大学大学院理学研究院の楢本悟史助教,藤田知道教授らの研究グループは,東北大学大学院生命科学研究科の経塚淳子教授と共同でなされた研究では、植物の発生・形態形成メカニズムがどのように進化してきたかを、現生のコケ植物の細胞の極性形成や、細胞分裂の機構に関すること、維管束植物の形態形成において重要な役割を果たすオーキシン極性輸送のメカニズムの進化についてなどに着目して、これまでに知られていた植物の細胞の進化について説明する研究を行っています[15]。
先の研究で新たに可能性の提唱された前維管束植物から現生のコケのような形への変化は、進化上は、この文献によれば退化、知人によればより具体的には後退進化であると考えられるとのことですが、新しい仮説が成立するとすれば、コケ植物の変化は、生存にもっとも有利になるよう単純化した生存戦略であるかと思われます。
へぇ☆☆☆「コケはどうやって殖やすの?繁殖可能性」
コケの繁殖についても、面白い研究成果が発表されています。
それは、ヒメカモジゴケは、無性生殖も必要としますが、無性芽のもととなる小さな株を親元から離れた場所にどうやって移動させているのか?ということを対象としたものです。調査は、2年の夏にわたり観察と実験を繰り返すことにより行い、その過程では、水による散布、風による散布、ナメクジによる散布の可能性が検証され、結果的には、ある夏の日に付近で観測したリスに可能性を見出し、実験を行ったところ、そのリスによる散布であることが解明されました。リスは、主な行動領域を枝などの上としており、この場所を繰り返し往来することで、ヒメカモジゴケコケは、同じような生息地に繰り返し繁殖するのだということが説明できるということです[13]。
また、ポートランド州立大学のTodd Rosenstiel氏、Erin E. Shortlidge氏、Andrea Natalie Melnychenko氏、James F. Pankow氏、Sarah M. Eppley氏によれば、非維管束植物の生殖は、陸上で単細胞の精子を、「オス」の生殖器官から「メス」の生殖器官へと旅をさせる必要があるというところ、最近のデータによれば、微小の節足動物がコケ類の繁殖において重要な役割を果たしているのだということです。しかし、両者の間の関わりがもしあるとすれば、その内容に関わる化学的なコミュニケーションの仕組みについて、また、この微小な節足動物による繁殖方法の、非生物的な要因と比べた時の重要性を示すものがこれまでには希薄でした。この研究では、コスモポリタンなコケであるセラトドン・プルプレウス(Ceratodon purpureus)を対象とし、この組織が複雑な揮発性の香りを放つこと、その化学組成は花粉を媒介する植物と昆虫の相互作用で報告されているものと化学的な多様性において類似していること、セラトドン・プルプレウス(Ceratodon purpureus)の揮発性香料の化学組成は性特異的であること、そしてコケに棲息する微小な節足動物はこのような性特異的なコケの揮発性の手がかりにそれぞ異なる誘引を受けることを示しました。この研究では、実験的な小宇宙を活用することで、微小な節足動物は、散水があっても、コケの受精率を有意に増加させることを示し、コケの受精成功に寄与する微小な節足動物によるの分散が重要な役割を果たすことを強調しました。これらの結果を総合すると、コケと微小な節足動物という、陸上で最も古くから生息している2つの系統の間に、香りをベースとした「植物-花粉媒介者」のような関係が進化してきたことが示されています[16]。
このように、コケは同じ生息域に一緒に暮らす周りの生物の助けを得ることで、繁殖していることが分かってきているようです。
それでは、コケ自身は、どのように同じコケの中の種の間で棲み分けているのでしょうか?
へぇ☆☆☆☆「一つの岩を何に由来して棲み分けているの?ゼニゴケとジャノメゴケの縄張り争いについて」
同じ岩に生息しているコケがどのように生息する地帯場所を分け合っているのか、という疑問を持ち、実験を行ったロビン・ウォール・キマラ―氏が岩の中で様々な色合いのコケが層を重ねて生息している様子からその仕組みを明かそうと観察と実験、分析を重ねたところによれば、それは、水による攪乱への耐性度について対応する度合いによるということでした。
観察の対象となっていた生息地では、水辺にある一つの岩の上に、層を重ねるようにして、最も水面に近い場所にはゼニゴケという種が、間には様々な種類のコケが、そして最も水面から離れている場所にジャノメゴケという種が生息しているのが見られたということです。実験から分かったこととして、ゼニゴケとジャノメゴケとでは、同時に生育すると、ジャノメゴケがゼニゴケを取り込んでいくということでしたが、それでも岩壁においてジャノメゴケが独占的となっていないのには、理由があるだろうと調べたところ、それは、水への耐性の強さにあるということでした。すなわち、水による攪乱の全くない水位ではジャノメゴケの隆盛が見られ、攪乱の比較的多い水位部では、ゼニゴケが繁栄しやすいということです。そして、その両極端の間にある地帯では、多様な種が生息しやすいということも、この実験は指し示し、植物分類学の世界で、中規模攪乱仮説と呼ばれるものの成立の一助となったということです[14]。
へぇ☆☆☆☆☆「水の共有」
コケは、水を必要とする生き物です。雨季と乾季のどちらでも生きていけるように、水の多くある時には多くを保持し、また、それらを仲間と分け一層多く保持するように、形質を発達させてきました。
まず、その個々の水の保持のためのメカニズムとして、コケの葉は、たった1つの細胞の厚さしかない、植物の中でも驚くような物理的小ささをしていますが、そのことにより必要とする水の量を最小限に抑えています。それらが重なり合って、それぞれの極小の葉に刻まれた特記や溝、フリル上の毛のような突起による毛細管現象で水の膜を保持するということです。苔の構造がセルロースに対する水の物理化学的誘引力を育んでいるということです([12])。
また、水の流れを構造的に分散させ、周りに水を流すようにしているということです([12])。
へぇ☆☆☆☆☆☆「コケはどうやって、その生命をつないできたの?持続可能性」[13]
コケは、氷河期等を何度も乗り越え、長きにわたりこれまで生命を繋いできました。では、その持続性の由来はどこにあるのでしょうか?2つ理由があるということです。
また、提唱される理由の一つは、その小ささです。生存していくための水の量もあまり多くを求めません。また、自分に必要な分を上手に蓄えるように葉の構造を発達させ、水の膜を保持できるように発展してきたことで、余すことなく活用しています。また、生息地になりうるところに空いたわずかな隙間にも芽吹き、ニッチな環境に適応する種を発達させてきています。現在では、厳しい乾燥にも適応できるなどの種など2万種以上生息しているとのことです。また、コケは雨がいつ降るかという自然の周期に合わせて不確実な未来に合わせられるよう仕組みを発達させてきました。具体的には、乾燥する時期を迎える前に、コケは内側に収縮して、蓄えた水が空気に触れて乾燥することを防ぐように形を変えるということです。このように変化する水の量に応じて、自身の体内の水分量を調整する性質は「変水」というそうで、コケが進化の過程で獲得してきた性質の一つに当たります。
また、もう一つの理由は、コケが互いに協力し合っていることです。コケは、寄り集まって生息することで、株や葉が絡まり小さな穴がたくさん開いた葉っぱのネットワークとなり、スポンジのように水を含む空間を作るのだということです。また、水が流れる際には、自分に必要な分を吸収したのちには、その葉の形により次の周りのコケへと水を流していくよう形を発達させてきたということです[12]。
最後に、雨が降ったときの変化の様子についてキマラ―氏の書いた美しい文章があるため引用します。「雨によって静止状態から解放され、生き返ったデンドロアルシアは、その繊細な枝を一つ、また一つと動かし始め、要状態が左右対称に重なり合った状態を再現しようとする。丸まっていた枝の一つひとつが広がるごとに、そのやわらかな中心部分が姿を見せ、中央脈に沿って、はちきれそうな胞子のさやがずらりと並んでいる。雨を待ち構えていたコケは、湧き上がるカスミの上昇気流にその娘たちを放つ。オークは再び豊かな緑に覆われ、コケの息吹で大気は芳醇な香りに満ちる。([13])」。
コケは、小さく集まり合って、自身を含めた与えられたものを最大限に生かしながら精一杯生きていることが分かりました!今後も生き物の生き方を徹底的に解明します。
コケは、力いっぱい体中を活用して経験則を活用し共生しているのだった。
参考文献
[1]京都府.「コケ植物の概要」URL:https://www.pref.kyoto.jp/kankyo/mokuroku/bio/moss_g.html(最終閲覧:2025/1/9)
[2]新潟県「種の解説(コケ植物)」URL:https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/51033.pdf(最終閲覧:2025/1/9)
[3]沖縄県環境部自然保護課.「沖縄県の絶滅の恐れのある野生生物 沖縄県レッドデータブック[レッドデータおきなわ]蘚苔類」URL:https://www.okinawa-ikimono.com/reddata/red_data_book/category_11/index.html(最終閲覧:2025/1/9)
[4]aumo.2024年.「【北海道×絶景】あなたの知らない北の大地。苔モフワールド5選」URL:
https://www.bing.com/search?pglt=427&q=北海道+苔&cvid=d6ec6d7c9c3a44ed88da5f9c5e64b2e7&gs_lcrp=EgRlZGdlKgYIABAAGEAyBggAEAAYQDIGCAEQABhAMgYIAhAAGEAyBggDEAAYQNIBCDMzMjJqMGoxqAIIsAIB&FORM=ANNTA1&PC=LCTS(最終閲覧:2025/1/9)
[5]左木山祝一.『コケの国のふしぎ図鑑 : ミクロの写真で楽しむ』2019年.エクスナレッジ.
[6]Vixen.2017.「小さなコケの世界を旅しよう」URL:https://www.vixen.co.jp/lp/moss_world/#:~:text=%E3%82%B3%E3%82%B1%E3%81%AE%E9%AD%85%E5%8A%9B,%E3%81%AB%E6%BA%80%E3%81%A1%E6%BA%A2%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(最終閲覧:2025/1/9)
[7]伝統的日本庭園の形.「苔とシダ」URL:http://rockstones.g2.xrea.com/element7.html(最終閲覧:2025/1/9)
[8] 嶋村 正樹『コケ植物の個体性』「植物科学最前線」2022年,13号,p.122-127
[9]けいはんな記念公園.「けいはんな記念公園 コケのガイドブック」https://keihanna-park.net/wp/wp-content/uploads/2022/04/3dbc15be22f774cb5caf586042a1dd48.pdf(最終閲覧:2025/1/9)
[10]京都府「コケから考える:未来へつなぐ京都の自然環境と文化」https://www.pref.kyoto.jp/kankyo/documents/kokepamphlet.pdf(最終閲覧:2025/1/9)
[11]くまぱぱのブログ.「苔が生える事は 水質浄化作用の一つである。 水をきれいにしているんだって。 そうなんだ。」URL:
http://blog.livedoor.jp/nikkai/archives/2261008.html(最終閲覧:2025/1/9)
[12]Robin Wall Kimmerer「Ancient Green:Moss, Climate, and Deep Time」 URL:https://emergencemagazine.org/essay/ancient-green/(最終閲覧:2025/1/9)
[13]ロビン・ウォール・キマラ―著.三木直子訳.『コケの自然誌』2012年.築地書館.
[14]基礎生物学研究所、「プレスリリース 遺伝子組換えで生きた化石を作る ~陸上植物の起源に新仮説を提唱~」URL:https://www.nibb.ac.jp/press/2009/09/post-168.html(最終閲覧:2025/1/9)
[15]東北大学 「2021年 | プレスリリース・研究成果 コケ植物を用いた進化発生細胞生物学研究に関する総説論文を発表 ~生物の形作りの進化のプロセスの理解に期待~」URL:https://www.google.com/url?q=https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/09/press20210928-03-plant.html%23.YVLVaNp9Ppw.twitter&sa=D&source=docs&ust=1736426986082182&usg=AOvVaw1_E7yu9pArb6raoxFs0gdl(最終閲覧:2025/1/9)
[16]Portland State University. 「Selected Wroks of Sarah M. Eppley Article
Sex-specific Volatile Compounds Influence Microarthropod-mediated Fertilization of Moss Nature Abstract」URL:https://works.bepress.com/sarah_eppley/22/(最終閲覧:2025/1/9)
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2025/3/17 修正;へぇ☆☆の内容