Goal15「陸の豊かさも守ろう」
幸島 司郎 教授(野生動物研究センター)
地球で最大の生物多様性地域と言われるアマゾンは、現在、森林伐採などによって生態系が脅かされています。この問題に取り組むためにアマゾンにフィールドミュージアムを作る取り組みを行っている京都大学野生動物研究センターの幸島司郎教授にお話を伺いました。
理想の動物園を作りたい
–フィールドミュージアムを作ったきっかけは何ですか?
私の研究室では主に絶滅が危惧されている大型野生動物の生態や行動を研究しています。長年アマゾンやボルネオなどで野生動物のフィールド調査を行っていると、密猟で親を殺された野生動物の子供を保護して育て、野生に返す活動(野生復帰事業)に関わるようになることが多いです。保護した子を育てて、野性に返す活動は長い間行われてきましたが、人間が育てた子供をそのまま野生環境に返しても、自然の食物を利用できなかったりして大半が生きていけません。野生に返す前に、野生環境に適応するための訓練を行なう半飼育・半野生環境をつくることが必要なことを感じていました。このような施設は、研究や保全や教育に役立つばかりでなく、エコツーリズムを通じて地域経済にも貢献できます。
また、研究や保全や教育に役立ち、動物の福祉も考えた理想の動物園・水族館を作ることは、野生動物研究センターの重要なミッションの一つでもありました。ゾウやイルカなどの大型野生動物を研究するには、動物園、水族館との連携が欠かせないからです。そして、そのような理想の動物園・水族館を最も必要としているのは、アマゾンやボルネオに住む人々だということに気がつきました。彼らには動物園も水族館も近くにないため、現状では、密猟されて市場に並んだ肉としてしか野生動物を見る機会がないのです。そこで、地域の人々に周辺の貴重な自然環境の価値を知ってもらう場所にもなると考え、アマゾン本来の自然環境を活かして動植物を紹介できる理想の動物園・水族館としてフィールドミュージアムを作ることにしました。
研究から環境教育まで
–アマゾンのフィールドミュージアムはどのような場所で、どのような取り組みを行っているのですか?
「科学の森」と呼ばれる、マナウス市内に残された小さな森と、その郊外にある国立アマゾン研究所の保護林にあるフィールドステーションの2カ所を主な拠点としています。「科学の森」は工業化が進むアマゾンの大都市の中に残された貴重な森で、環境教育に利用されており、サルやナマケモノなどの野生動物を近くから観察することができます。フィールドステーションがある保護林は、マナウスから船や車で3−4時間かかる場所にある原生林で、熱帯雨林に生息する様々な貴重な動植物を観察することができます。昨年5月に行ったフィールドステーションの開所式には山極総長も来られたんですよ。フィールドミュージアム では、野生のフィールドそのものを楽しめるような施設や、野生動物を飼育環境、半野生環境、野生環境で観察できる施設を整備するようにしています。半野生環境では野生動物を野生に近い環境ですぐ近くから観察できます。フィールドステーションがある保護林には、40−50mの高さから熱帯雨林の上層部に生息する動植物を観察できるタワーもあります。また、「科学の森」には「科学の家」という研究成果を展示する施設などもあり、研究だけでなく、エコツーリズムや環境教育のための場にもなっています。プロジェクトでは、フィールドミュージアムの施設を利用したアマゾンマナティーの野生復帰事業も3年前から行っており、既に19頭のマナティーの野生復帰に成功しています。マナティーの放流イベントでは、地元の人々、特に子供達を対象として、マナティー保全に関する環境教育も実施しているのですが、毎年驚くほどたくさんの人々が参加してくれています。
地域に根ざした場所へ
–フィールドミュージアムの将来像を教えて下さい。
フィールドミュージアムの整備は、現在SATREPSという5年間のプロジェクトで行われていますが、我々はプロジェクト後もフィールドミュージアムが地域の人々によって自力で運営されていくことを目指しています。そのためには現地の住民や野生動物の専門家が協力してフィールドミュージアムの運営ができる体制を整える必要があります。また、現地住民がフィールドミュージアム の施設を利用したエコツアーや環境教育プログラムを企画・実施することで地域経済を活性化することも必要です。エコツアーでは、先住民に伝わる知恵も活かしてこうと考えています。例えば野生動物の密猟を行っていた人たちは、見つけるのが非常に難しい野生のマナティーを見つける知恵と知識をもっています。しかし、その知識は皮肉にも、密猟が禁止されることでどんどん失われてきています。野生動物を観察するエコツアーの専門家ガイドとして働いてもらうことで、その知識が失われることなく伝えられ、元密猟者がガイドとして生活できるようになることを願っています。
環境教育で意識改革
–SDGs(持続可能な開発目標)の、特にGoal15(陸の生態系を守ろう)を達成するためには、何が必要だと思われますか?
まずは、そこに住んでいる人々に、身の回りにある自然の価値や素晴らしさを理解してもらうことが大切だと思います。フィールドミュージアムのある大都会マナウスに住む人々も、その周辺コミュニティーに住むアマゾンの先住民の人々も、その大部分は身の回りにあるアマゾンの自然環境がどれほど貴重で大切なものかを理解していません。そのため、フィールドミュージアムを利用して、彼らの理解を深めるための教育を行う必要があります。守る意義や守ればどんな良いことがあるかを理解することが森を守る行動に繋がってゆきます。森林伐採や動物の捕獲を一方的に禁止するだけでは効果は少なく、密猟はなくなりません。自然を保護することでたくさんの観光客がこの地を訪れ、それが収入にも繋がることを実感してもらうことが、問題解決に必要だと思います。私たちは、SDGsが決まる前からこの活動を行っているので、最近プロジェクトの意義をSDGsの項目にあてはめて説明せよと言われることが多くて、戸惑うことが良くあります。
具体的な課題に取り組む
–SDGs(持続可能な開発目標)や持続可能な社会についてどう考えますか?
SDGsって、ほんとはあまり好きじゃないんですよね。国連で決まったから、役所の人はそれに合わせてやらないといけないでしょうが、私たちは目の前のマナティーの子をどうしようかなどの具体的なことからしか考えられません。ただ、人類の共通の目的を明確にしたという点で、大切なことだとはわかっています。私たちの取り組みはSDGsの15番に関連しているだけでなく他にも色々な要素が入っています。ブラジルのマナウスの子供たちに自然の価値を教える教育を提供するという面からは、SDGsの4番にも関わってきますし、女性の権利や衛生などもこの取り組みに関わっています。
自分がやりたいことに挑戦しよう!
–新入生に何か一言お願いします!
私が京大に入学したのは、自分が見たことのない世界を見てみたい!という夢を持っていたからです。社会のために貢献したい、人の役に立ちたいと思っている人もいるとは思いますが、まずは自分がハッピーになって、そのハッピーを他の人にも分けてあげたいと思えるくらいにならないと、本当に良いものを社会に届けることはできません。まずは自分がやりたいこと、やってみたいことに全力で挑戦することがおすすめですね。
インタビューをして
直接的に野生動物を保護するだけでなく、環境教育を行うことで生物多様性を保全するという取り組みはとても魅力的で、興味深かったです。先生の動物園にとって一番必要なのは、現地の人々だという言葉が印象に残っています。この取り組みによって現地住民の環境意識が高まり、ますます多くの人が生物多様性を守ろうと思うようになることが大切だと感じました。(奥野真木保)