文責・島田草太朗
複雑な生態系を少しでも理解し、さまざまな自然を徹底的に究明したい京大!バイオスクープ。今回のご依頼はこちら「雪の中には生き物がいますか?」
もちろん!いますとも!しかもすごいぜ!
楠前(空がよく見えるので)
今年は暖冬。京大は1月24日と25日の間の夜の降雪で少し積もりましたが、それも昼になると殆ど跡形もありませんでした。筆者は、今年の積雪は諦めて、来年の積雪を楽しみに、この記事を書きます。
へぇ☆「鳥は凍傷にならないの?」
([9])
雪が積もった時、そこに小動物が通れば当たり前のことですが足跡が付きます。小動物の足跡は可愛くて良いですよね~。筆者個人はセキレイなど鳥の足跡は特に好きで、一本の曲線上に並んだ足跡は彼らが獣脚類(ティラノサウルスやヴェロキラプトルなどを含む恐竜の系統)であることを実感させてくれます。
でも、足跡を見ると冷たくないのかと少し心配にもなりますよね。鴨川に行けば雪の日だろうが水鳥は肌むき出しの脚を平気で水に着けています。何故そんなことをして大丈夫なのか、本当に大丈夫なのか、疑問に思ったことは誰にでも有ると思います。
当然、寒い中では鳥の足も冷たく、爪先は人間などと同様に冷えています。ですが、鳥はそれでも問題無く、熱を奪われたりしないのです。その秘訣は血管網の構造に有ります。
鳥は、脚の付け根から脚(leg)に送られる血流量を変えることで、脚からの熱損失を調整します。鳥の脚(leg)の付け根では動脈と静脈が絡み合っていて、動脈流の熱を静脈流へと直接伝導させることができる構造となっています。脚(leg)の付け根の血管を開いて足(foot)の血管を収縮させることで、足(foot)を通って循環する血流量を減らすことができます。これは逆流交換(countercurrent exchange)と呼ばれ、鳥類の中でも、サギやカモメなどの脚の大きな水鳥で発達しています。
へぇ☆☆「雪華と細胞」
これは生き物自体の話ではない余談ですが、生物の細胞を発見した人物というと誰でしょう。
実は弾性体の物理で御馴染みフックの法則のロバート・フック(Robert Hooke)さんです。フックは発明されたばかりの顕微鏡で様々なものを観察して1665年に “Micrographia” (『顕微鏡図譜』)という本を出版しています。その中では、雪の結晶も記録されています。
それ以前の雪の結晶のスケッチは上のようなものでしたが、「彼は星状の雪の結晶では、軸から分岐する小枝はすべて隣の軸と平行せるものであることを発見し、従来の観察が誤りであることを知らしめたので」([8])す。一方、このフックの本にはコルクの拡大スケッチもありますが、これはフックの細胞発見に関する資料です。フックは、コルクを顕微鏡で覗いてみて、部屋が並んだような構造を見つけ、それぞれの部屋を細胞と名付けました。まぁ、細かいことを言えば、実際彼が見たものは細胞自体ではなく、細胞壁と呼ばれるものですが。
さて、余談が済んだところで、今回の本題、雪の中の生き物に就いて、話しましょう。
へぇ☆☆☆「雪は生き物が作る?」
([1]〜[7])
この話題は、ネットで検索する限りでは、特に日本語で纏められた記事は、無かったので、詳しく書く意義をそれなりに感じて門外漢の筆者が書ける範囲でそれなりに詳しく書きました。お付き合い下さい。
空気塊が上昇するなりして露点以下に冷却されると水蒸気の凝結により雲が発生します。水蒸気が凝結したものは雲粒と呼ばれ、基本的に水蒸気は自発的に雲粒を形成することはなく、エアロゾルなど凝結核となるもの(雲凝結核;Cloud Condensation Nuclei;CCN)が必要です(界面の存在が核生成(Nucleation)を促進する、炭酸水を入れたコップの側面にCO2泡がより多く発生するのもそれ)。氷晶化(Ice Nucleation)の際のそれは特に氷晶核(Ice Nuclei)と呼ばれます。
水滴は0℃以下になれば凍結するというものではなく、自発的な凝固は-41℃~-35℃に過冷却されないと起こりません。実際の雲粒ではエアロゾルが氷晶核となりより高い温度で凝固します。また過冷却水蒸気を凝華して氷晶となる場合もあるがそれにもエアロゾルが必須であり、その場合もそれを氷晶核といいます。エアロゾルとして古くから知られているのは鉱物粒子やすす粒子ですが、それらの凝固作用はそれぞれ-20℃前後、-30℃前後から低温でのものです。さて、今回の本題です。そう、これらのエアロゾル以外に、生物由来のもの、生物粒子が有るわけです。そして、生物粒子の凝固作用はより高温で起こることが認められています。
そして、より高温での氷晶化を促進する生物粒子として有名なのが、シュードモナス・シリンガエ(Pseudomonas syringae;P. syringae)という細菌です。一般に(大気中に限らず)氷晶化の促進をする細菌を氷核活性細菌(Ice Nucleation Active Bacteria;INA細菌;Ice+細菌(逆にこれと同種であるものの氷核活性でない、後述のINPの生成能力に欠ける、細菌をIce minus細菌という))といい、世界初報告のものがP. syringaeです。植物に興味の有る方はこの細菌を知っているかも。というのも、P. syringaeは葉を凍結させ損傷させ(凍霜害)たりの最大原因である、植物にとって厄介な病原菌だからです。凍結させることでP. syringaeは霜の下の植物組織の栄養を利用することができるのです。そのP. syringaeの気になる氷核活性能は、なんと、-1℃でさえも氷晶化を起こすとのこと(正確には-1.8℃かも)。恐るべし。
降水(これは降雪も含む概念です)に寄与する氷核活性細菌、つまり生物粒子としての氷核活性細菌には、P. syringae以外にも、Pseudomonadaceae、Xanthomonadaceae、Enterobacteriacea等が従来知られており(こんな名前のものを扱うなんて、細菌の研究者さん大変過ぎません?)、これらは何れもGammaproteobacteriaというグラム陰性菌のグループに属し、又、何れも植物の病原菌として知られます。これらのグラム陰性菌は、氷核活性タンパク質(Bacterial lce Nucleation protein;Ice Nucleation Protein;INP;Ice Nucleation Active protein;INAタンパク質)を外膜(outer membrane)にまとい、これが氷晶化を引き起こします。
更に近年の研究([2])では、降水に寄与する氷核活性細菌には、他にもより多様に種類があり、グラム陽性菌も居て、それらのグラム陽性菌ではタンパク質とは別のものが氷核活性分子と成っている、と報告されています。降雪を作る細菌は多様であり作る仕組みも複数というわけです。そして何れも-10℃以上等の高温で氷晶化を引き起こします。
生物起因の降水を生物降水(Bioprecipitation)と言います(この言葉自体は、微生物が栄養のより豊富な土地へと広まる仕組みに関する理論として提示され、氷核活性もこれと同時に提示されたのが始まり)。氷核活性細菌の氷核活性能の高さから、生物降水は水循環に於いて大きな位置を占めると言えそうです。しかし、それに就いては殆ど明らかになっていないようで、全球規模(global)の気候でみると高々0.6%の影響しかない、とする論文([3])も有ります(ちゃんと論文を読んでない筆者にはこれが何を言っているのか分かりません;局所的な(local)影響は別みたいです)。ただ、降水に関して重要な地位を占めることは確からしいです。また、対流圏のみならず成層圏に於いても氷核活性細菌の生態系が存在すると考える研究者もいます。雪でなく、雨に関して言えば、P. syringaeは気温が高い中で気温を下げて雨を降らせる作用を持ち、極端な乾燥を抑えたりしているのではないかという主張も有ります。モンタナ大学のSnow博士(Snowさん!)によると、細菌1匹が1000もの氷結晶を凝固させるだけの氷核活性タンパク質を生産するのだとか。これらはまだまだ分かってないことだらけ。農業では霜害の原因菌として嫌われ者ですが、実は雪のみならず私たちの暮らしもこういった細菌が支えているものかも知れませんね。
他にも、生物粒子の話題としては、海洋生物多様性が関わるものも有ります。こちらは日本語の文献がネットで読めるので詳しくはそちらをお読み下さい([5],[6])。
いかがでしたでしょうか。初めて特定の生き物ではないものを取り上げてみましたが、寧ろ生物多様性をより感じられる内容になったのではないかと、自分で書いておきながら思います。
今少し外に出て雲を眺めて見て下さい。その白い雲も微生物たちがそうしているものなのかも知れません。知らんけど。
雪にも生物多様性はバリバリ重要だった。
参考文献
[1] Brent C. Christner et al., Ubiquity of Biological Ice Nucleators in Snowfall, Science 319,1214-1214(2008).DOI:10.1126/science.1149757 https://www.science.org/doi/10.1126/science.1149757
[2] Failor, K., Schmale, D., Vinatzer, B. et al. Ice nucleation active bacteria in precipitation are genetically diverse and nucleate ice by employing different mechanisms. ISME J 11, 2740–2753 (2017). https://doi.org/10.1038/ismej.2017.124
[3] Hoose C, Kristjánsson JE, Burrows SM. How important is biological ice nucleation in clouds on a global scale?, Environ. Res. Let., 5(2) (2010)
https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1748-9326/5/2/024009
[4] M. Prasanth, Ramesh Nachimuthu Ramesh Nachimuthu, K. M. Gothandam, Sivamangala Kathikeyan Sivamangala Kathikeyan, T. Shanthini, Pseudomonas syringae: an overview and its future as a “rain making bacteria”, International Research Journal of Biological Sciences, 2015, Vol. 4, No. 2, 70-77.
https://www.cabidigitallibrary.org/doi/full/10.5555/20153076729
[5] 岩本 洋子, 特集にあたって:海洋性エアロゾルの生成・動態・気候影響, エアロゾル研究, 2020, 35 巻, 3 号, p. 154, 公開日 2020/10/10, Online ISSN 1881-543X, Print ISSN 0912-2834, https://doi.org/10.11203/jar.35.154 ,
[6] 宮﨑 雄三, 海洋表層の生物生産が駆動する海洋大気有機エアロゾルの生成, エアロゾル研究, 2020, 35 巻, 3 号, p. 183-191, 公開日 2020/10/10, Online ISSN 1881-543X, Print ISSN 0912-2834, https://doi.org/10.11203/jar.35.183 ,
[7] 松本 潔, 雲粒の核はどのような物質なのか, 化学と教育, 2022, 70 巻, 1 号, p. 12-15, 公開日 2023/01/01, Online ISSN 2424-1830, Print ISSN 0386-2151, https://doi.org/10.20665/kakyoshi.70.1_12 ,
[8] 中谷宇吉郎『雪』1938,青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/001569/files/52468_49669.html
[9] Gill, Frank B., Ornithology. New York, W.H. Freeman, 2007.
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