Goal 16 「平和と公正をすべての人に」
玉田 芳史 教授(アジア・アフリカ地域研究研究科)
Q,玉田先生の研究内容を教えてください。
A,タイにおける政治を勉強しています。ここ数年は司法をめぐる混乱や汚職について研究しています。タイでは、国民がエリート層や軍部が結びついた勢力(反タクシン派)と一般庶民(タクシン派)に二分化されており、特にここ10年対立が激化しています。選挙を実施するとタクシン派の政党が勝つのですが、裁判所や選挙管理委員会、汚職取締組織などがエリート・軍部と結託しており、法律や憲法を恣意的に適用して選挙結果を覆すということが繰り返されています。直近では2014年に総選挙が行われたのですが、この時一部の地域では反タクシン派が立候補届け出や投票を妨害して投票が行えませんでした。投票出来た選挙区での結果に影響を及ぼす話ではないので、投票できなかった選挙区だけやり直せばよいはずなのですが、憲法裁判所は総選挙自体を無効と判断しました。タイでは現在まさに総選挙が実行されようとしていますが、王女を首相候補にしようとした政党(タクシン派)が解党命令を受けるなど、依然として妨害が続いています。そもそも、選挙期間中国民に議論する自由が与えられておらず、民主的な選挙とは言えないものです。憲法も幾多の改正の中でどんどんと非民主的なものとなってきました。憲法や司法などの「法の支配」が反タクシン派の都合の良いように利用され、民主化を妨げる道具となっています。
Q,SDGsの16番目のゴール「平和と公正」では、詳細ターゲットとして「法の支配」の促進を掲げています。
A,一般的には法の支配は良いものとされていますからね。法の支配が民主化にとって良いものとなるためには、法の下の平等もしくは司法機関の中立性が大前提となります。同じことをしたら同じ処分が下る、この原則が確立しない限り恣意的な運用は続きます。政治面でいえば、多数決民主主義が現実となる必要があります。選挙で負けて悔しかったら次の選挙で勝つというのを徹底しなければなりません。現状では、選挙で負けたら選挙を無効にしてしまっています。(SDGsが2030年までの目標であることについて)現状ではこの状況が続く可能性が高いと思います。タイで政治・司法が変化するためには契機が必要です。
Q,政治・司法が変化する契機というとやはり革命のようなものでしょうか。
A,その可能性がないとは言いませんが、軍部が反タクシン派についている現状ではその可能性は低いと思います。一番可能性があるのは経済でしょうか。現在タイ経済は中国への依存を強めていますが、米中貿易摩擦などもありいつまでもうまくいくとは限らないでしょう。もともとタイへの対外投資は日本の割合が大きく、日本からの圧力がかかればなんらかの変革が生まれる可能性があると思います。すでにEUやアメリカ、オーストラリアなどはタイ政府に圧力をかけてはいるのですが、地理的距離もあり功を奏していません。日本はタイにとって経済的に重要なだけでなく、数少ない君主制を維持している国同士ということで特別な地位にいます。
ただ、現状では日本政府は関係維持を重視し全く圧力をかけていません。経済的利益を重視しすぎる傾向は改めてほしいです。また、日本企業も争いごとを避けようとします。例えば、初の司法取引対象事件として話題になった三菱日立パワーシステムズの贈収賄事件では、規制の網をかいくぐろうとする日本企業から賄賂を受け取った側の役人は処罰されていません。事件発覚当初はタクシン派政権時代の事件と思われてタイ国内で一斉に報道されたのですが、その後反タクシン派政権下の事件と分かると一気にトーンダウンしました。これがもしタクシン派政権下での事件であれば、政権への批判になるのでおそらく役人は捕まっていたでしょう。タイの政治・司法の混乱は進出する日本企業にとってもリスクとなる可能性があります。
Q,最後に、新入生に向けてメッセージをお願いします。
A,政治でも、文化でも、経済でも何でもよいのでアジアのことを勉強してください。日本のマスメディアはアメリカにとって重要な話題を報道する傾向があるように思います。しかし、アメリカにとっては重要でなくとも日本にとっては重要な事柄もたくさんあります。身近なアジアのことを日本の視角からもっと知ってほしいです。
感想
今まで漠然と法を整え、司法を整えればそれでうまく行くものというイメージを持っていたが、法の支配を民主主義にとって良いものとしていくためには更なる条件が必要というのは新たな発見であった。また、特に印象的だったのは日本の役割の大きさである。GDPで中国に追い抜かれ、すっかりアジアでの影響力は低下したと思っていたのだが、まだまだ日本はより良い世界の実現に向けて重要な役割を果たせるようだ。また、タイとのいわば「君主制の絆」も新鮮に感じた。皇室の役割とは何なのか?改元に伴い問われることの多くなったこの問いに、新たな視座が加わったように思う。(横井晴紀)