私は、大学院経済学研究科および経済学部で、財政学と環境経済学の研究・教育に携わっています。大学院では「財政政策論」や「環境経済分析」、学部では「財政政策論」、「地方財政論」、そして「環境経済論」を担当しています。研究の中心は、「持続可能な発展のあり方」とそれを実現するための政策手段の分析にあります。社会経済構造が大きく変動する中で、持続可能な財政構造と政策手段(環境税や排出量取引制度)の必要性は高まる一方です。私は、経済分析に基づいて具体的な政策提言や税制改革の提案を行うなど、理論と現実を架橋する研究に取り組んでいます。
本学は、経済学研究科だけでなく、人間・環境学研究科、地球環境学舎、農学研究科、エネルギー科学研究科などで、さまざまな学問領域で環境政策論に取り組んでいる研究者が集積しており、大学院生まで合わせると環境政策研究に関する国内最大の拠点になっているといっても過言ではありません。そういう中で、私は経済学の視点から環境政策研究に取り組み、本学のこの領域での発信機能の強化に貢献できればと考えています。
これまでの研究については、『環境税の理論と実際』(有斐閣,2000年)、『環境』(岩波書店,2003年)、『脱炭素社会と排出量取引』(日本評論社、2007年、共編著)、『環境経済学講義』(有斐閣,2008年,共著)、『環境政策のポリシー・ミックス』(ミネルヴァ書房,2009年、編著)、『ヒューマニティーズ 経済学』(岩波書店,2009年)といった著作で世に問うてきましたが、今後も研究書や新書の形で研究成果を公表していく予定です。ちなみに、私の研究や研究室情報は、下記ウェッブサイトにより詳しく掲載しておりますので、ご関心をお持ちの方は一度ご覧いただければ幸いです。
(http://blog.livedoor.jp/morotomi_semi/)
さて、以下では、私の最新の研究成果について要点をご紹介いたしましょう。これは、世界自然保護基金(WWF)との共同研究として行われたもので、日本が温室効果ガス排出を1990年比で2020年に25%、2050年に80%削減するために必要な政策手段として、「国内排出量取引制度」の導入を想定し、その制度設計についての検討を行ったものです。
排出量取引制度とは、政府が決定する温室効果ガスの許容排出総量(キャップ)の下で、各企業が保有排出枠を売買する仕組みを指します。政府は、キャップに合致するだけの排出枠を企業に無償か有償で配分し、各企業には、期末に実際の排出量を保有排出枠に合致させることが求められます。排出量が保有排出枠を超過する場合は、排出枠まで排出を削減するか、あるいは他企業から新たに排出枠を買ってこなければなりません。逆に、排出削減を積極的に進める企業の手元には余剰排出枠が生まれるので、それを他企業に売却して収入を得たり、自らの事業拡張に使ったりすることができます。それでも排出枠を遵守できない企業には、市場価格の数倍もの罰金が課されることになります。排出量取引制度は、このような仕組みで排出総量をしっかりコントロールしながら、しかしそれを最小費用で達成できる点で、非常に効果的かつ効率的な環境政策手段だといえましょう。
温室効果ガスの排出量取引制度の先鞭をつけたのは、イギリスが2002年に導入したイギリス排出量取引制度(UK ETS)です。しかし、排出量取引制度の国際的な普及にとって大きな推進力となったのは、何といっても、2005年に導入された欧州排出量取引制度(EU ETS)になります。その後、アメリカでも北東部10州で2009年1月に「地域温室効果ガス・イニシアティブ(Regional Greenhouse Gas Initiative: RGGI)」が導入され、連邦レベルでは、2009年6月29日に「アメリカにおけるクリーン・エネルギーおよびエネルギー安全保障法(American Clean Energy and Security Act: ACES Act、いわゆるワクスマン=マーキー法案)」が219票対212票で下院本会議にて可決されました。さらに、上院では 「クリーン・エネルギー雇用およびアメリカ電力法(The Clean Energy Jobs and American Power Act、いわゆるケリー=ボクサー法案)」が同年11 月5 日に上院公共事業委員会を通過しています。2010前半のうちにこれら法案の一本化とその両院での可決が成し遂げられるかが今後の注目点となっています。このように、地球温暖化問題の原因と なっている温室効果ガス排出をコントロールする政策手段として、排出量取引制度はここ10年足らずの間に主役の地位に躍り出たことがわかります。
排出量取引制度は、基本的には産業部門やエネルギー転換部門(電力・ガス)の大規模排出源を対象とします。なぜなら、小規模排出源や運輸、家庭部門は基本的に無数の小規模排出者から成り立っており、政府がこれらに規制をかけて排出枠を配分し、そして市場でそれぞれが取引するのは大変費用がかかる割には、それによって得られる削減効果は小さいとみられるからです。
上の図は、日本の産業部門において、排出の多い主要7業種の1990年以降の排出動向を示しています。ご覧のように、電力部門の排出増加が顕著であることがわかります。よく、家庭や業務部門の排出増加傾向が指摘されますが、これは、確かに電力消費量の増加に起因している部分はあります。しかし他方で、上図のような形で電力部門からの排出が顕著に増加してきたことが、結果として家庭や業務部門からの排出としてカウントされていることも大きな原因になっています。逆にいえば、電力部門からの排出を大幅に減らせば、家庭や業務部門からの排出も減ることになります。
電力部門からの排出増加の大きな原因は、燃焼させると二酸化炭素を非常に多く出す石炭火力発電所を増設してきたからです。同じ火力発電なら、石炭よりも石油、石油よりも天然ガスのほうが二酸化炭素の排出が少ないのですが、石炭の価格が相対的に低かったため、石炭火力の比重が高まってきたのです。しかし、石炭の市場価格には、その燃焼過程で発生する二酸化炭素が引き起こす温暖化問題の被害(そして、それを費用換算したもの)が織り込まれていません。そのため、石炭は温暖化に大きく寄与しているにもかかわらず、価格が安いために大量消費されるという問題があります。これを、経済学では「市場の失敗」と呼んでおり、それを是正するには「炭素に価格をつける」ことが必要だと考えます。
その手段が排出量取引制度なのです。
上の表は、このような考え方から、日本の排出削減目標を国内だけで達成するとの想定の下に、必要な排出削減量を各部門に比例的に割り振り、そのうち、[5]エネルギー転換、[6]産業、[7]工業プロセスの3部門に対して排出量取引制度を適用することで、キャップ(つまり総量規制)をかけることを示しています。ちょうど、表の水色で着色された部分が、排出量取引制度(ETS)対象部門を示しています。
そのうち、エネルギー転換(事実上、電力部門)に対しては、上述のような考え方から、上記3部門の中で最も厳しい排出削減努力を求める形になっています。それは、この制度導入を想定している2012年から2020年へかけての排出削減率が、[6]産業部門では10%なのに対し、[5]エネルギー転換部門では41%になっている点に示されています。
このように電力部門に対して産業を大きく上回る排出削減を求める傾向は、第2期EUETSでもみられます。電力部門で発生する費用上昇については、電力料金に上乗せし、消費者に転嫁することを許容しなければならないでしょう。そういう意味では、我々も低炭素社会へ向けて移行するための費用を分かち合う覚悟が今後必要になります。
以上が、我々の制度設計提案のエッセンスです。これが本当に導入された場合の経済的影響についてより詳細に論じた報告書が、下記ウェッブサイトに掲載されていますので、ご関心のおありの方は、一度ご覧いただければ幸いです。
(http://www.wwf.or.jp/activities/2009/11/775527.html)