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生物多様性が生み出す生態系ネットワーク/大串 隆之【京都大学生態学研究センター】(No.3)

2010.01.15

学び

生態系の相互作用ネットワーク

この地球上に暮らしている生物は、他の生物を食べたり、餌をめぐって競争しあったり、助けあったり、さまざまな関係で結ばれています。このような関係が縦横に絡みあった相互作用ネットワークが生態系なのです。これまで生態系の相互作用ネットワークは、食物連鎖からなる「食物網」によって描かれてきました。しかし、生物間相互作用はこのような「食う食われる関係」だけではありません。共生関係や競争関係などの「非栄養関係」は自然界にありふれています。実は、この非栄養関係が、生物多様性を生み出すという大事な役割を担っているのです。

食う食われる関係は、自然界で食物連鎖を作り出している関係です。しかし、動物と動物の食う食われる関係と動物と植物の食う食われる関係には大きな違いがあります。それは、動物と違って、植物は食べられても「死なない」ということです。それだけでなく、植物は食べられると毒を作ったり、形を変えたりすることがわかってきました。このような変化は、植物が食べられるのを防ぐ「防衛反応」とよばれています。植物はそれを取り巻く生物との関わりの中で、まるでカメレオンのように、目まぐるしく自らを変えているのです。この植物の変化が、これまで何の関係もないと思われていた昆虫たちを結びつけ、それがさらに新しい関係を次々に生み出すことで、複雑な相互作用ネットワークを築きあげていることがわかってきました。ここでは、生態系ネットワークがどのように生物多様性を育んでいるかについて、植物とそれを利用する昆虫の相互作用を取り上げながら、私たちの研究を紹介しましょう。

図1:エゾノカワヤナギ上の相互作用ネットワーク。実線と点線は、それぞれ直接効果と間接効果を表す。+とーは相手に対する正と負の効果を示す。赤字で示した種の定着と相互作用は、間接相互作用網で初めて明らかになったものである。

植物が生み出す生態系ネットワーク

北海道の石狩川流域に生育しているエゾノカワヤナギは、茎から汁を吸うマエキアワフキ、葉を巻いて巣を作るハマキガなどの幼虫、葉を食べるヤナギルリハムシという3つの摂食タイプの昆虫に利用されています。言いかえれば、3種類の植物と昆虫の食う食われる関係が成り立っています(図1)。実は、これらの昆虫はヤナギにさまざまな変化をもたらし、彼らの間に思いもよらない相互作用の連鎖を生み出していることが明らかになりました。マエキアワフキは夏の終わりにヤナギの枝に卵を産み込むため、枝の先端は枯れてしまいます。しかし、翌春になると、卵が産み込まれた枝の基部からたくさんの枝が伸び始めました。このように、枯れたり食べられたりした後に新しい枝が成長することは、多くの植物によく見られる、「補償成長」とよばれる現象です。この補償成長によってたくさんの新葉が作られ、柔らかい葉を綴って巣を作るハマキガの幼虫が増えました。前年のアワフキムシの産卵が翌年のヤナギの枝の成長を促し、幼虫の巣となる新葉を増やしたからです。初夏になると、ハマキガの幼虫は親になって巣から出ていってしまいます。しかし、残された葉巻はヤナギクロケアブラムシに格好の住み家を提供します。実際、空き家になった葉巻のほとんどがこのアブラムシに利用されていました。アブラムシのコロニーが大きくなると、アリがアブラムシの分泌する甘露を舐めに集まってきます。葉巻の中で、アブラムシとアリの共生関係が築かれたのです。アリは他の昆虫を追い払うため、周辺ではハムシの幼虫がほとんどいなくなりました。

ヤナギ上の昆虫の思いもよらない相互作用の連鎖は、ヤナギの変化とアリの排除行動によって、何の関係もなかった複数の食物連鎖が結びつけられた結果です。中でも、マエキアワフキの産卵に対するヤナギの補償成長、ハマキガの幼虫によって作られる葉巻、アブラムシの甘露に集まるアリが、相互作用の連鎖を作り出す大事な役割を担っていたのです。このような複数の食物連鎖が、植物の変化を介して間接的に繋がってできる相互作用ネットワークを、「間接相互作用網」とよぶことにしました。

図2:間接相互用網と食物網における相互作用の比較。

この植物の変化によって、相互作用の多様性は大きく変わりました。間接相互作用網(植物の変化がある場合)を食物網(変化がない場合)と比べてみると、それは一目瞭然です(図2)。間接相互作用網では、相互作用の数が食物網の4倍にも増えました。これは、新たに間接効果、非栄養関係、共生関係が加わったからです。食物網では考えられなかったこれらの関係が、すべての相互作用の40%、60%、40%と大きな割合を占めていたのです。さらに、これらの新しい関係がネットワークに組み込まれることにより、間接作用だけでなく、直接作用も増えました。つまり、現実の相互作用ネットワークは、これまで食物網で描かれていたのとは大きく異なり、相互作用の数もタイプもはるかに豊かなものだったのです。相互作用だけではありません。間接相互作用網では、種の多様性も4倍以上になりました。これは、アワフキムシの産卵による補償成長によって質のよい新葉が増えたことと、ハマキガの幼虫が作る葉巻という住み場所が増えたことにより、これまで利用できなかった昆虫がヤナギに定着できるようになったからです。

間接相互作用網の一例。ヤナギの枝にタマバエによる虫こぶ(左上)ができると,その先から新しい枝が伸びてくる。これによって,栄養価が高く軟らかな新葉が増えるので、アブラムシやハムシが集まってくる。しかし、アブラムシのコロニーが大きくなると、甘露に誘引された多数のアリが周囲のハムシを排除してしまう。

 

生態系ネットワークはなぜ大事なのか?

間接相互作用ネットワークは、ヤナギだけに見られる特別なものではありません。私たちは、セイタカアワダチソウのような草本でも、ダイズのような栽培植物でも、同じようなネットワークの存在を明らかにしています。植物を利用する生物が誘導する変化は、さまざまな植物で広く知られています。このため、間接相互作用網は、陸上植物の上では頻繁に生じているはずです。しかし、このようなネットワークと生物多様性との密接な関係は、これまでまったく分かっていませんでした。

間接相互作用網は、植物上の昆虫だけに限ったものではありません。環境に対する生物の変化は、植物のみならず、多くの陸上の動物や微生物、さらには湖沼や海洋の魚やプランクトンにいたるまで広く知られています。この生物が見せるさまざまな変化が、相互作用の連鎖を生み出す可能性はきわめて大きいはずです。それは、生態系は2種の直接的な相互作用系ではなく、間接効果が必ずはたらく多種の生物によって成り立っているからです。このため、自然界では、間接相互作用網というネットワークは普遍的なものなのです。

食物網をとおして、私たちは生態系の物質やエネルギーの循環を理解することができるようになりました。しかし、地球上の生物種の90%以上を占める植物と昆虫の相互作用が織りなす生物多様性を理解するためには、食物網では不十分なのです。これまで無視されてきた非栄養関係、共生関係、間接効果は、複数の食物連鎖を結びつけるという大事な役割を担っており、それが生物多様性を生み出す基盤なのです。いわば、食物連鎖という「縦糸」に新たに間接効果という「横糸」をしっかりと織り込むことにより、間接相互作用網という生態系ネットワークの本来の姿が浮かび上がってきました。そして、この「横糸」を紡ぎ出しているのが、生態系の基盤である植物の可塑的な変化なのです。この植物の反応は、進化の長い歴史の中で、昆虫や微生物とのせめぎ合いをとおして獲得してきた術にほかなりません。間接相互作用網は、生物の進化と生態系をつなぐ研究に、新たな道筋を開きました。この植物の変化から生物多様性が生み出される仕組みを明らかにする研究アプローチは、従来の生態学の枠組みを超えて、飛躍的な発展を遂げようとしているのです。

 

著書(編著):「Effects of Resource Distribution on Animal-Plant Interactions」(Academic Press)、「Ecological Communities」(Cambridge Univ. Press)、「Ecology and Evolution of Trait-Mediated Indirect Interactions」(Cambridge Univ. Press)、「さまざまな共生」(平凡社)、「動物と植物の利用しあう関係」(平凡社)、「生物多様性科学のすすめ」(丸善)、「シリーズ群集生態学 全6巻」(京都大学学術出版会)。

講義:「生物間相互作用」、「生物学セミナー」、「統合生物多様性論」

趣味:スキー、乗馬、カラオケ

研究室のホームページのURL:http://www.ecology.kyoto-u.ac.jp/~ohgushi/index.html

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