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【京大!バイオスクープfile5】地衣類(Lichen)

2023.04.30

学び 京大!バイオスクープ

文責・島田草太朗

複雑な生態系を少しでも理解し、さまざまな自然を徹底的に究明したい京大!バイオスクープ。今回のご依頼はこちら「木と岩に付いてる黴(カビ)みたいやけど黴じゃなさそうなの何なん?」

それは地衣類に違いない!

 

地衣類

地衣類(英:lichen)とは菌類と藻類やシアノバクテリアとの共生体です。学名は共生菌のものです。共生菌のことをmycobiont、共生藻乃至シアノバクテリアのことをphotobiontといいます。世界で約2万種、日本国内で約1,800種が知られています。

 

へぇ☆「これも地衣類!?」

 地衣類は本当に身近な存在なのですが、身近過ぎるが故にあまり認知されない儘のものが多いのではないでしょうか。ということで、地衣類(地衣体)とはどの様な姿をしたものであるのか、おさらいして措きましょう。

 

人文科学研究所中庭


これ、地衣類なんです。黒斑は子器(子嚢果、apothecia)と呼ばれる部分で、共生菌の胞子(無性生殖のための細胞、万能細胞、植物の種のようなないような)を作ったりする所です。

 

総合博物館裏

総合博物館裏


はい、見事な子器ですね。「ええ!こういうのも地衣類だったのか!生きとったんかいな!」って感じで驚いて頂けておりますでしょうか。自慢したくなってきたSさん、自信満々に言います。

 


「これ地衣類やで!」。違います。幾ら地衣類に目がくらんでも、任意の黒斑は地衣類の子器である、なる明らかに偽な命題を冷静に批判する理性は失わないで下さいね。

 


こちらは花崗岩に地衣類が着いた写真なのですが、どこに地衣類が有るか分かりますか?因みに花崗岩に含まれる黒いのは黒雲母です、綺麗ですね。

 

 任意の地衣類の子器は黒斑である、これも偽な命題です。


この赤みがかったのも子器です。子器を支える地衣体の延長部分を子柄(子器柄、podetia)と言います。美しいですね。

 

 地衣類の形の多様性はこんなもんじゃありませんので、あとは実物を探してみて下さい!小宇宙が正にそこに在る筈です!

 

へぇ☆☆「リトマスゴケも地衣類!!」

 リトマス試験紙の原材料として有名なリトマスゴケですが実は地衣類なんです。又、実はリトマスゴケ以外の地衣類からもリトマス試験紙と同様の試験紙の製造が原理的には可能です([3])。もし機会が有りましたそこら辺の地衣類から試験紙を作ることに挑戦して下さい。結果報告をお待ちしております!

 リトマス試験紙のみならず地衣類は人類に様々に利用されています。そのうちの幾つかをざっくり紹介しましょう。


 ①大気汚染指標。ウメノキゴケの断片を大気汚染濃度の異なる地域に移植すると清浄地域では再生、汚染地域では崩壊が起こること([5])等、地衣類は大気汚染指標の一つとして知られています。

 ②染色。染料としての地衣類の利用はヨーロッパではかなり古い歴史を持ち、古代フェニキアにまで遡ると言われ、19世紀に合成染料が登場するまでは主要な染料の一つでした。より詳しい歴史はCentre for Australian National Biodiversity ResearchのHP中([6])に纏まっていますし、実際の染色方法等は地衣類研究会(Lichenological Society of Japan)HP中([7])に書かれています。

 ③食料。実は地衣類には食べられる種も有ります。どんな味がするんでしょうね([8] ,又は,Edible Lichen(恥知らずながらWikipedia)https://en.wikipedia.org/wiki/Edible_lichen )。あ、そうそう、二代目歌川広重が『諸国名所百景』の一つとして描いた『紀州熊野岩茸取』の「岩茸(イワタケ)」は実は地衣類でして1kg 1万円という値が付く高級食材ですが、広重の絵の通り、採集はとても危険なものでした。又、実は、広く世界の文化圏で何世紀にも亘り地衣類は食されていたと言われています。これに就いてもCentre for Australian National Biodiversity ResearchのHP中([9])により詳しく纏まっています。


 地衣類を食べるのは人間のみではありません。特にカタツムリやナメクジは幾何学的で美しい食痕を刻みます。それ見たさにカタツムリとナメクジと地衣類を籠に入れてみたのですが未だ地衣類を食べる様子も美しい食痕も確認できておりません。地衣類研究会(Lichenological Society of Japan)がTwitterに投稿しております([10])ので同じようなものを見つけたら是非ご報告下さい!
 カタツムリに唯食べられるのみなのではなく、実は断片が消化器系を通過して生存することで新たに地へ散布されることを示唆する研究も有ります([11])。


 ④地衣成分。特異な二次代謝産物(地衣成分)を持つことも地衣類を特徴付ける一要素です。「地衣成分は他の生物にはあまり見られないデプシド類,デプシドーン類,ジベンゾフラン類の化合物で,1000種以上の化合物が知られている。地衣成分の役割は,環境耐性(ラジカル補足,紫外線防御,耐冷,耐乾燥),生物防御(対昆虫,対カビ,対細菌,対植物)などであると考えられているが,このような機能は古くから注目されており,染料・香料・民間薬などに利用されてきた。近年の研究でも,イワタケ(Umbilicaria esculenta)に含まれる地衣成分はコレステロールを低下させる機能を持つことが明らかにされており,他にもチロシナーゼ阻害キサンチンオキシターゼ阻害薬理活性を持つ地衣成分が見つかっている」([12]より引用)。時計台生協に置いてあるのど飴(ノーベル製菓VC-3000のど飴)を確認した所「アイスランドモス」という文字が裏に有りましたが、このアイスランドモスもエイランタイ(Cetraria islandica)という地衣類です。皆さん実は地衣類を既に食べています、きっと。

 

 地衣成分を取り除く処理を施した地衣類と未処理の地衣類とでは、未処理の方では野外で見かける頻度とカタツムリに食べられる量とに正の相関が有った一方で処理された方ではその相関が負に転じた、という研究報告([13])からは、地衣成分の一部が苦味や毒性を示すことで草食種に対する防御を担うことが示唆され、更に以前([14])から、農業に於いては食害対策としての応用が検討されています。

 歴史的に見ても地衣成分は薬、毒、香水、更にはエジプトのミイラ迄、様々な所で利用されていました([9])。

 地衣成分はアセトンを垂らすことで簡単に抽出出来ます。

 

へぇ☆☆☆「地衣体の形成は菌類と藻類との関係に於いて或種必然なのか」

 地衣類の生態系に於ける機能で特筆すべきものとしては、先駆種であること、生物学的土壌地殻を形成すること、窒素固定すること等が挙げられます。

 生物学的土壌地殻は、降雨時に土壌の降水に対する緩衝材のように、土壌浸食制御の機能を持ちます。シアノバクテリアをphotobiontとする地衣類は、シアノバクテリアの窒素固定の能力をそのまま持ち、地衣類が腐敗後、或は草食種に食された排便として、固定された窒素は植物が利用できるものとなります。地衣類は植物にとって重要な窒素供給源であると、様々な研究結果に基て、されています([15])。

 地衣類は先駆種として新たに出現した陸地で最初期に定着し土壌を形成するという陸の生態系に於ける重要な機能を担うとされており、それ故に、地球史に於いても陸上植物よりも先に地衣類が存在したという仮説も有ります。しかし、2019年に発表された論文([16])では、系統解析の結果としては地衣体を形成する藻類が陸上植物より新しいことが分かり、仮説は寧ろ懐疑的に見られています。地衣体を構成する菌類の分類群は多様ですが、同論文では、地衣類はその分類群の分岐以前から存在したのではなく、菌類が様々な分類群に多様化した後にそれぞれの分類群で独立に藻類との共生を始めて地衣体を形成するに至ったことが示唆されています。これはこう解釈したくなるのではないでしょうか。菌類の多様性に依らない或種必然として地衣体という藻類との共生体が形成されるのだ、と。しかし必然や偶然という人間の論理で安易に解釈するのはどうなんだという所ですので、人知を遥か超越した地衣類の世界を素直に「物の哀れ」として受け止めたく思います。

 

 

 地衣類は人知れず街でも秘境でも地上を謳歌しており、太古から人類の文化とも関わりを持ち、尚も我々の想像力を超えた並存宇宙的神秘的な謎を残した、そんな生き物です。皆さんも是非、そこら中に点在する小宇宙を覗いてみて下さい!

 

地衣類、めっちゃ凄かった。

 

(余談)

 京都里山SDGsラボ(ことす)の廃校利用施設ならではの点として二宮金次郎(二宮尊徳)像が有ることが挙げられますが、横顔はこんな感じです。

二宮尊徳

二宮尊徳

もうお分かりですよね。この見事な子器。是非見にことすへ来て下さい。

 

————お知らせ————–

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また、京大!バイオスクープでは、京大内にあるいきものの疑問や気になることの調査依頼をお待ちしております。こちらも同様にご連絡ください。SNSのコメントやこちらのお問い合わせにお送りください。

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参考文献

 地衣類に関して纏まった情報を得る文献は数少ないです。が、例えばTwitterですと「#地衣類GO」や「#地衣類 everyday」等から結構色んな情報が手に入ります。又、地衣類研究会 Lichenological Society of JapanのHP(https://lichenjapan.jp/ )やCentre for Australian National Biodiversity ResearchのHP中(https://www.anbg.gov.au/lichen/index.html )には地衣類についてよく纏められています。

 

[1] 吉村庸,原色日本地衣植物図鑑,保育社、1974.

[2] 山本好和,「木毛」ウォッチングのための手引き 中級編 近畿の地衣類,三恵社,2009.

[3] https://lichenjapan.jp/?page_id=634地衣類の教材化(1)ウメノキゴケでリトマス試験紙を作る 高萩敏和 [ライケン10(3): 39-40, 1997] – 地衣類研究会 Lichenological Society of Japan (lichenjapan.jp) ).

[4] https://lichenjapan.jp/?page_id=625環境指標としての地衣類 中川吉弘 [ライケン10(2): 17-20, 1996] – 地衣類研究会 Lichenological Society of Japan (lichenjapan.jp)) .

[5] Y. Ohmura, M. Kawachi, F. Kasai, H. Sugiura, K. Ohtara, Y. Kon, N. Hamada,Morphology and Chemistry of Parmotrema tinctorum (Parmeliaceae, Lichenized Ascomycota) Transplanted into Sites with Different Air Pollution Levels,2009,https://www.semanticscholar.org/paper/Morphology-and-Chemistry-of-Parmotrema-tinctorum-Ohmura-Kawachi/8b4154c31010499d052c5d7afa71fd9d6a2f3aec

[6] https://www.anbg.gov.au/lichen/lichens-people-dyeing.html (Dyeing with lichens – Lichen website).

[7] https://lichenjapan.jp/?page_id=631 (地衣類染色法 寺村祐子  [ライケン5(1): 2-4, 1982] – 地衣類研究会 Lichenological Society of Japan).

[8] https://lichenjapan.jp/?page_id=641 (食べられる地衣類は? 大村嘉人[ライケン13(3): 6-9, 2003より] – 地衣類研究会 Lichenological Society of Japan (lichenjapan.jp)).

[9] https://www.anbg.gov.au/lichen/lichens-people.html (Lichens and people – Lichen website).

[10] https://twitter.com/lichenjapan/status/1638661843815403520

[11] Steffen Boch,Daniel Prati,Silke Werth,Jörg Rüetschi,Markus Fischer,Lichen Endozoochory by Snails,PLoS-ONE,April 2011,Volume 6,issue 4,e18770,https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0018770

[12] https://www.lichen.akita-pu.ac.jp/lab_keyword.html (秋田県立大学生物資源科学部生物生産科学科植物資源創成システム研究所HP).

[13] Steffen Boch,Markus Fischer and Daniel Prati,To eat or not to eat—relationship of lichen herbivory by snails with secondary compounds and field frequency of lichens,Journal of Plant Ecology, Volume 8, Issue 6, December 2015, Pages 642–650, https://doi.org/10.1093/jpe/rtv005

[14] S J Clark, I F Henderson, D J Hill, A P Martin,Use of lichen secondary metabolites as antifeedants to protect higher plants from damage caused by slug feeding,Annals of Applied Biology,Volume134, Issue1, February 1999,Pages 101-108,https://doi.org/10.1111/j.1744-7348.1999.tb05240.x .

[15] https://www.anbg.gov.au/lichen/ecology.html (Ecology – Lichen website)

[16] Matthew P. Nelsen, Robert Lücking, C. Kevin Boyce, H. Thorsten Lumbsch, Richard H. Ree,No support for the emergence of lichens prior to the evolution of vascular plants,geobiology, Volume18, Issue1, January 2020,https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1111/gbi.12369

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