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【京大!バイオスクープ file 22】 8月の虫 アメンボ

2023.08.28

学び 京大!バイオスクープ

文責・島田草太朗

複雑な生態系を少しでも理解し、さまざまな自然を徹底的に究明したい京大!バイオスクープ。今回のご依頼はこちら「どやってアメンボ水面滑ってんの?」

 

アメンボ

昆虫綱半翅目(カメムシ目)半翅亜目(カメムシ亜目)アメンボ科の総称。ナミアメンボ(学名:Aquarius paludum(アクエリアス!)、アメンボ亜科アメンボ属)一種のことを指して言うことも有る。アメンボ科はアメンボ亜科とウミアメンボ亜科とから成る。国内だけでも意外と多くの種類がいます([11])。

 

 


人文科学研究所の池

 

 

水面を自在に滑りまわる姿に一度は憧れたという人もきっと多い筈。とてもすばしっこく速過ぎて全然見えないアメンボの世界、その一端をご紹介致します。

 

 

へぇ☆「飴の臭いのカメムシ!?」

 「アメンボ」の語源は「飴棒」か「飴坊」かとされています。「棒」は身体が棒のよう(棒人間っぽいですよね)だからと言われています。一方「坊」は可愛らしく小さいことを表します。どちらが正しいにせよ、共通しているのは「飴」です。これはアメンボが飴の臭いを発するからとされています。

 アメンボはカメムシ目カメムシ亜目で、よくよく見るとカメムシらしい姿形をしているようにも感じられます。カメムシ同様にアメンボも臭腺を持っていて、そこから発する臭いが飴の臭いがすると言われているのです。つまり、アメンボは飴の臭いのカメムシ、とでも言えることになります。

 ですが、飴の臭いというのは本当なのでしょうか。「飴」でなく「雨」が語源なのでは、というのは民間語源という扱いをされていますが、水面にぽつぽつ浮かぶ波紋を見て「え?雨?あ、なんや君(アメンボ)かいな〜」という馴染みの経験をご先祖様もして「雨坊」だとか名付けたと思いたい気もします。「飴」説を信用するには実際に臭いを嗅いでみないことには始まらない、ということで、アメンボを捕まえて嗅いでみました

 今回嗅いだのは、ヤスマツアメンボ(Gerris insularis)とオオアメンボ(Aquarius elongatus)です(多分)。種同定は[11],[12]を参考にしました。先ずヤスマツアメンボは小さ過ぎてかずっと持っていても何も匂いませんでした。オオアメンボは、手に持って時間が経てば経つほど、臭いました、が、甘い臭いではなく、どちらかと言えば悪臭です。筆者は昔、クマゼミの標本を作ったことが有るのですが、その時のクマゼミの臭い、つまり少しの間冷凍させたクマゼミの死骸の臭いが正に今回嗅いだオオアメンボの臭いでした、記憶が正しければ…。

ヤスマツアメンボ

オオアメンボ

 

 身の危険に伴って臭いを出す訳ですから、嫌な臭い、死骸の臭いがするというのは自然に思えますし、逆に甘い臭いだったら不自然にも思えます。やっぱり言われている語源は怪しいのでは?…ですが、今回は他の種類、特に一般的なナミアメンボは(種同定が正しければ)嗅いでいません。また、そもそも飴は飴でも昔の飴ですから、もしかすると想像とは全然違う臭いなのかも知れません。

 もう少し色々な臭いを嗅いでみないことには…。

 

 

へぇ☆☆「水面走行の極意」

 そもそもアメンボが何故浮いているのか、一言で表せば、表面張力です表面張力とは分子間力に起因する、液体などが表面積を極力小さくしようという力です。これは木が浮いたりする様な単なる浮力と重力との釣り合いとは別物です。アメンボが浮いている様子をよく見れば、それぞれの足に接した水面が窪んでいるのが分かります。寧ろこの窪みの方が細い身体よりも目立って「アメンボが居る!」と認知する気もします。

水に浮かべた時に周縁の水面が凹む様な材は撥水性が有ると言われます(非常にざっくりした定義;[1])。つまり、アメンボの足には撥水性が有るのですが、表面張力、つまり、凹んだ水面には平に成ろうという力が働き、このとき、凹みを作っている撥水性の物は上向きの力を受けます。(微細な浮力も有りますが)殆どこの力でアメンボは浮いています。アメンボの足の撥水性は何に因るかというと、肉眼では全く見えない程の細かくびっしり生えた剛毛、そしてそこに塗られた油分です。剛毛の隙間には水が侵入せずに常に空気で満たされている(Cassie-Baxter状態と呼ばれる)ことがここでの撥水性の正体です。更に、剛毛の先端が緩やかに曲がっていることや([4],[5])、それらマイクロスケールの剛毛の表面にはナノスケールの溝が有る([2],[3])徹底ぶりで、あんな細い脚のくせにアメンボは自らの体重の60倍とかの力が掛かっても([2])沈まぬ程の足の撥水性、(特に強い撥水性である)超撥水性を持っているそうです。これらのことから、アメンボは、並大抵のことでは沈まない、不沈生物の異名が有るとか無いとか…。しかし、界面活性剤上では沈んでしまいます。比較的綺麗な水面でしかアメンボは浮かべないのです。

 どのように浮いているのかは分かりました。では、アメンボはどうやって水面を移動しているのでしょう。私たちが走る時に地面を蹴ることの反作用として推進力を得ている様に、アメンボも何かしらの反作用で前に進んでいる筈です。答えを一言で表すならば「手漕ぎボート」です。

 かつては、推進力も表面張力から、つまり、表面張力波(表面張力重力波)を起こす反作用であると考えられていました。表面張力重力波とは、擾乱に拠り凹凸の生じた水面に働く復元力(表面張力や重力)が起こす波のこと。アメンボが水面で足を動かして水を押し出して表面張力重力波を起こす、その反作用が推進力であるとかつて言われて来たのです。確かに、アメンボが移動すれば広がる波紋は表面張力重力波なので、そう説明されて一見納得出来そうです。ところが、表面張力重力波には、それ未満の位相速度では在り得ない、という最小位相速度が有り、つまり、アメンボはそれよりも高速で足を動かさなければ表面張力重力波を起こせません([6]はこれにも疑問を呈している)。どっこい、幼体のアメンボは最小位相速度未満の速度でしか足を動かせないのです。このことは、指摘した人の名前を取って、Dennyの逆説Denny’s paradox)と言われています。Dennyさんはこれを1993年の著書に記しました。

 Dennyの逆説の解決は2003年に発表されました([8];実験で渦を可視化した写真がとても綺麗です)。それに拠れば、アメンボはなんと水面下に力を伝え、水面下に渦を起こしており、逆に水面に起こした波は殆ど推進力に寄与していないとのことです。手漕ぎボートに例えれば、アメンボは前進する時、中足をオールとして動かしている訳ですが、先に述べた撥水性に拠り、なんと二本のオールは殆ど水に着けず濡らさないで二つの渦を水面下に起こし、時に約1.5m/sで移動する程の推進力を得ているのです。更には水面に波(表面張力重力波)を起こすこと無しに、アメンボは水面上を移動出来てしまうそうです。また、アメンボの推進効率は約9割とも言われています([9])。

方向転換には後脚も使う。中脚を水面に叩き付ける様にしてジャンプしたりもする。素手で捕まえようとした時は目にも止まらぬ速さのジャンプで逃げられました。

 

 

へぇ☆☆☆「捕縛、脅迫、強姦・・・」

 水面に浮かび、自由自在に滑り回り、とても優雅に見えるアメンボの世界。しかし、繁殖となると、種に依っては、雄が衝撃的な極悪非道な行動を取ることも知られています。

 ナミアメンボ等の雄は波(正に秋波)を送って雌を交尾に誘うことが知られていますが、コセアカアメンボ(Gerris gracilicornis、アメンボ亜科ヒメアメンボ属)の雄は繁殖の際、いきなり雌に飛び乗り捕縛し、交尾を嫌がって形態学的な盾を用いて生殖器を護る雌を、特定の波を起こして水中の捕食者を誘き寄せることで脅迫し、雌に交尾を受け容れさせることが、報告されています([10])。雌は雄に上から乗りかかられて水面に向かって押し付けられているような状態ですので、水中から捕食者が来れば、当然、高確率で雌が餌食に成ります。報告した論文の著者の一人であるChang S. Hanが、実際に雌が捕食者の餌食に成る様子を捉えた動画をYouTubeに投稿しています:

https://www.youtube.com/watch?v=3iPo7nzPG-c 

 又、近縁のカタビロアメンボ科のイリオモテケシカタビロアメンボ(Microvelia iriomotensis)では、成体の雄が、幼体の雌を捕縛して雌が成体に成るのを待って交尾するという、許嫁(いいなずけ)の強要の様なことが今年に報告されています([11])。

 人類の想像力を虚仮にするくらいぶっ飛んだ生態も、虫の魅力です。

 

 

 

 いかがだったでしょうか。筆者個人は、調べて、記事を書いてみて、改めて振り返ると、畏敬の念を覚えました。水面で自在に動き回れるように磨き上げられた身体、交尾を嫌がる雌が備えた防御への雄の驚異の対抗適応(counteradaptation)、まだまだ何か隠し持っていそうとも思えて来ます。例えば、振動の使い分けや識別、振動で危険も獲物も察知したり、自ら振動を発して天敵を誘き寄せたり雌を誘ったり、まるで人間などが音波を使い分けるのと同様な巧みさが有りそうで気に成ります。是非他にご存じのことが有ればお教え下さい。あと、臭いを嗅いだというご報告をお待ちしております。

 

 

アメンボ、アメージング。

 

参考文献

[1] 望月 修, 菊地 謙次, アメンボはなぜ浮けるのか, 可視化情報学会誌, 30巻(2010), 119号, p.28. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvs/30/119/30_119_028/_article/-char/ja/ 

[2] Xi-Qiao Feng, Xuefeng Gao, Ziniu Wu, Lei Jiang, Quan-Shui Zheng, Superior Water Repellency of Water Strider Legs with Hierarchical Structures: Experiments and Analysis, Langmuir 2007, 23, 4892-4896.

[3] Gregory S. Watson, Bronwen W. Cribb, Jolanta A. Watson, Experimental determination of the efficiency of nanostructuring on non-wetting legs of the water strider, Acta Biomaterialia 6 (2010) , 4060–4064.

[4] Kaoru Uesugi, Water-Repellency Model of the Water Strider, Aquarius paludum paludum, by the Curved Structure of Leg Micro-Hairs, Journal of Photopolymer Science and Technology, Volume 34 (2021), Issue 4, p.393-399. https://www.jstage.jst.go.jp/article/photopolymer/34/4/34_393/_article/-char/en 

[5] Kaoru Uesugi, Hiroyuki Mayama, Keisuke Morishima, Proposal of a Water-repellency Model of Water Strider and Its Verification by Considering Directly Measured Strider Leg-rowing Force, Journal of Photopolymer Science and Technology, Volume 33 (2020), Issue 2, p.185-192. https://www.jstage.jst.go.jp/article/photopolymer/33/2/33_185/_article 

[6] 下村 裕, Dennyのパラドックス再考, 慶応義塾大学日吉紀要, 自然科学, No.42 (2007.9), p.17-25.

[7] Mark W. Denny, Paradox lost: answers and questions about walking on water, The Journal of Experimental Biology 207, 1601-1606. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15073192/ 

[8] David L. Hu, Brian Chan, John W. M. Bush, The hydrodynamics of water strider locomotion, Nature volume 424, p.663–666 (2003). https://www.nature.com/articles/nature01793 

[9] 山田 皓大, 李鹿 輝, 中野 政身, アメンボの水上歩行に関する流れの可視化, 第51回自動制御連合講演会, 2008年11月22-23日, 山形大学工学部. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jacc/51/0/51_0_63/_article/-char/ja/ 

[10]  Chang S. Han, Piotr G. Jablonski, Male water striders attract predators to intimidate females into copulation, Nature Communications volume 1, Article number: 52 (2010). https://www.nature.com/articles/ncomms1051 

[11] Kohei Watanabe, Hirokazu Fukutomi, Ryosuke Matsushima, Male Mating Strategy and Preference for Females of Different Maturity Stages in the Small Water Strider, Microvelia iriomotensis (Heteroptera: Veliidae), Journal of Insect Behavior volume 36, p.45–51 (2023). https://link.springer.com/article/10.1007/s10905-023-09818-7 

[12] 中谷 憲一, 日本産陸水生アメンボ科成虫の絵解き検索, 環動昆, 12巻 3号 (2001), p.155-161. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjeez/12/3/12_155/_article/-char/ja/ 

[13] http://nagaimasato.com/AMENBO/ (2023/8/18アクセス)

 

 

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