文責・島田草太朗
複雑な生態系を少しでも理解し、さまざまな自然を徹底的に究明したい京大!バイオスクープ。今回のご依頼はこちら「たまには爬虫類も取り上げて下さい。」
クサガメ(リーブスクサガメ;Mauremys reevesii)
爬虫綱 Reptilia カメ目 Testudines イシガメ科 Geoemydidae イシガメ属 Mauremys.
かつてはクサガメ属(Chinemys)というのが有ったり、分類が未だ混沌としており、更なる変更の可能性あり。未だ Chinemys reevesii と表記している最近(2020とか)の論文も見かけました。(国立環境研究所のホームページでも迷いが見られます…)
中国の東部から北東部、韓国、台湾、日本に分布。
雑食性で、魚、カエル、昆虫や甲殻類(エビやカニ)を食べます。
甲長は20cm前後、最大30cm程度。
小さい頃(十数年前)は川に沢山いて道端を歩いていたのを捕まえて飼いもしましたが、最近は本当にミシシッピアカミミガメの方が多くなってしまって何だか存在感が薄れつつある種でもあります。そんなクサガメですが、京大の池から「いるよ!」とお顔を出してくれたました。こん時はほんままじでめっちゃめちゃ嬉しかったです(笑)。(2023/7/4の出来事)が、しかし…。
2023/7/4 京都大学本部構内人文科学研究所の所の池にて。何気なく水面を眺めていたら奥から静かに現れて目の前で水面から顔を出してくれました。ありがとう。
へぇ☆「“草亀”ではなく…?」
クサガメは「草亀」かと思いきや本来「臭亀」です。捕まえたことの有る人はご存知かと思いますが、捕まえたら結構臭いです。クサガメは身の危険を感じると四肢の付け根に有る臭腺から独特の臭いを発するのです。しかもなかなかしつこく取れない臭いです。その通りだとは言え、愛くるしい容姿に関わらずかなり不名誉な名前ですね。
へぇ☆☆「黒化」
([3])
クサガメを見分ける時の特徴として最初に思い付くのは側頭部や頸部の黄(黄緑)色の一見不規則な線や斑紋ではないでしょうか。とても綺麗でクサガメの魅力としては外せません。
しかし雄の場合、成熟するとそれらの模様が消失してしまいます。この現象は黒化(メラニズム)と呼ばれています。メラニズムとは何等かの理由でメラニン色素が過剰に産生されることです。黒化した個体はぱっと見ニホンイシガメの様で、識別するには甲羅上の隆条(キール)が縦に三本(ニホンイシガメでは一本)走っていることや後縁部が鋸歯状であるかどうか、頭部の大きさ、腹甲の縁どりなどで判断する必要が有ります。また、ニホンイシガメは比較的山麓に、クサガメは比較的平地に分布します。
雌でも歳を取ると甲羅が黒ずんだり甲羅の黄色の部分が縮小したりします。
へぇ☆☆☆「你好!? 안녕하세요!?」
冒頭でアカミミガメに駆逐されて心配な種、という風に言いましたが、実はクサガメ自身も在来種であることに疑惑が掛けられ、今では疑惑は確信へとなっています。基本情報のところで国立環境研究所のホームページでも分類の迷いが見られるとお話しましたが、そもそも何故国立環境研究所のホームページに掲載されているかと言えば「侵入生物」とされているからです([4])。クサガメの生息地の内、従来既に台湾へは人為的に持ち込まれたとされていますが、実は日本でも…。
クサガメは日本の在来種と古くから考えられてきました。江戸時代の文献にも登場します。しかし最も古くて江戸時代の小野蘭山の本草綱目啓蒙(小野, 1803–1806 [カメ類の記述は1805年に発行された巻に掲載])の中での記述であり、九州北部の現在の福岡県周辺域が分布域とされていました。その約百年後の記録でも生息域が西日本に限られていました。更に、縄文時代や弥生時代の遺跡発掘調査ではニホンイシガメは多数出土するのに対して、クサガメはこれまで僅か一個体、しかもこれは撹乱層から得られたものであったために、その当時のものではなくて現代のものが紛れ込んだ可能性が高いと考えられます。更に、ミトコンドリア遺伝子の塩基配列のに関する研究([5])によっても、日本列島のクサガメには少なくとも三つの異なる系統が存在して且つ、それぞれ系統の持つ塩基配列はそれぞれ中国や韓国のクサガメのもの一致或は略一致することが明らかにされており、今ではクサガメが日本へ人為的に江戸時代頃に持ち込まれたことが確実視されています。
特に南西諸島や北海道を除く日本列島に於いて問題となるのはニホンイシガメとの交雑など、日本の固有種であるニホンイシガメの減少への関与です。(ニホンイシガメは北海道や南西諸島に於いては外来種です。)陸上脊椎動物の中でもカメ類は、その中でも特にニホンイシガメとクサガメの属するイシガメ科は、異種間交雑が起こりやすいことが知られており、ニホンイシガメとクサガメの交雑種は「ウンキュウ」の名で知られます。ウンキュウには稔性(ねんせい)、つまり子孫を残す能力、を持ちます。一般に異なる種間での繁殖は上手くいかない(生殖隔離)のですが、交雑個体が存在したり交雑個体が正常な繫殖能力を持つ場合が有ることは皆さんご存じかと思います。交雑種や外来種と在来種が交雑(戻し交雑)を繰り返して在来種の遺伝的固有性が喪失されることを遺伝的攪乱といいます。ウンキュウの存在は古くから知られておりペット流通も随分したりしてましたが、クサガメが外来種とされた今となってやっと、それが遺伝的攪乱の深刻さを示すものとなってしまったわけです。
しかし現(2023年10月9日)段階では環境省の生態系被害防止外来種リスト([7])にクサガメは掲載されておらず、又、国指定天然記念物である「見島のカメ生息地」でも拝められたり、地域によっては保護対象とされたり、約二百年在来種として親しまれて来たことによるクサガメならではの、これまで保護すらされたものが駆除対象になることの、心理的なことも駆除などに対する障壁となっています。
一方でクサガメ本来の生息地である大陸ではクサガメは絶滅危惧種です。この先日本にいるクサガメを絶滅の危惧される大陸の地域へと移送すること等が検討されるかも知れませんが、日本国内での2系統間の交雑が有ること等を踏まえればそう単純には、できる、いや、すべきことではない、と言われています。
南西諸島についても調べてみると陸生・陸水生カメ類事情はさらに複雑です。南西諸島に分布する陸生・陸水生カメ類は、少なくとも、イシガメ科のクサガメ、ニホンイシガメ、ミナミイシガメ、セマルハコガメ、リュウキュウヤマガメ、ヌマガメ科のアカミミガメ、スッポン科のニホンスッ ポンの計3科7種が文献等で35島から報告されています(2015)。その内、ミナミイシガメ、セマルハコガメ、リュウキュウヤマガメの3種以外全てはこの地域に自然分布していない外来種です。また、例えば、ミナミイシガメは沖縄本島や宮古島など多くの島に分布しますが、自然分布域は与那国島、西表島、石垣島に限られ、つまり沖縄本島や宮古島を含む他の島では外来種です。同様のことは他の種でも言い得ます。そしてやはりここでもイシガメ科(ここではクサガメ、ニホンイシガメ、ミナミイシガメ、セマルハコガメ、リュウキュウヤマガメ)の交雑が問題となっています。
姿を見るとノスタルジーに嬉しいけれども外来種なんです…。後編へ続く。
参考文献
[1] 池田動物園 > 動物紹介 > 爬虫類 > クサガメ
https://ikedazoo.jp/animal/reptiles/%e3%82%af%e3%82%b5%e3%82%ac%e3%83%a1/
[2] 広島大学 > 広島大学デジタルミュージアム > デジタル自然史博物館 > 動物総合ページ > 郷土の動物 > 広島県の爬虫類 > クサガメ
https://www.digital-museum.hiroshima-u.ac.jp/~main/index.php?title=%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%82%AC%E3%83%A1&mobileaction=toggle_view_desktop
[3] Takashi Yabe “Population Structure and Male Melanism in the Reeves’ Turtle, Chinemys reevesii” Japanese journal of herpetology, Volume 15, Issue 4, p.131-137, 1994.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hsj1972/15/4/15_4_131/_article
[4] 国立研究開発法人国立環境研究所 > 侵入生物データベース > 日本の外来生物 > 爬虫類 > クサガメ https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/30030.html
[5] 鈴木大『クサガメ日本集団の起源』亀楽 (4), p.1-7, 2012.
https://kobe-sumasui.jp/wp-content/uploads/2020/10/H24.12.Kiraku04_01.pdf
[6] 鈴木大『ニホンイシガメとクサガメの異種間交雑』亀楽 (10), p.1-5, 2015.
https://kobe-sumasui.jp/wp-content/uploads/2020/10/H27.9.Kiraku10-1.pdf
[7] 生態系被害防止外来種リスト(環境省)
https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/iaslist.html
[8] 嶋津信彦『2015 年に南西諸島で確認された淡水ガメの分布』共生のひろば,2016.
https://www.hitohaku.jp/publication/book/kyousei11-p152.pdf
[9] 嶋津信彦『沖縄島における淡水ガメの分布』亀楽(7),p.12.
https://kobe-sumasui.jp/wp-content/uploads/2020/10/H26.3.Kiraku07_10.pdf
[10] 嶋津信彦,山川(矢敷)彩子『南西諸島における陸生・陸水生カメ類の分布』亀楽(15),p.12.
https://kobe-sumasui.jp/wp-content/uploads/2020/10/H30.2.Kiraku15_12.pdf
————–以下お知らせ————–
へえ☆4つ以上の情報をご存じの方は、是非SNSでコメントの投稿をお願いします。みなさんの「へぇ」知識の共有をお待ちしております!
また、京大!バイオスクープでは、京大内にあるいきものの疑問や気になることの調査依頼をお待ちしております。こちらも同様にご連絡ください。SNSのコメントやこちらにお送りください。