こんにちは、エコ~るど京大・白井亜美と申します。今回、このSDGsインタビューのテーマは「身近な多様性」です。幸か不幸か私たちは本当に一部しか世界を認識できません。だから考えも行動も「不十分ではないか?」という指摘から逃れることはできません。ですがそれでも「自分は一人前のひとりの人間だ」と思って、毎日生き、いろんなことを考えるのではないでしょうか。私たちもまだまだ未熟ですが、隣にいる人がどれくらい自分と異なる見方を持っているか、ここに少しでも触れていただけたら幸いです。
インタビュー日:2020年1月3日
回答者:奥野真木保(京都大学農学部3回生/エコ~るど京大)
Q:Goal02「飢餓をゼロに」の中で興味のあるテーマは何ですか?
日本人は食べ物の大半を日本で育てられない、外国から輸入される食品に頼り過ぎている状況です。スーパーなどで輸入された食料も簡単にそして安く買えるために、「輸入が絶たれてしまったら何も食べるものが無くなるかもしれない、または今の食生活を続けることはできなくなるかもしれない」という危機感をほとんどの日本人は持っていないのではないでしょうか。
Q:どうしてあなたは(他の人が持っていないと感じている)危機感を持っているのだと思いますか?
世界に目を向けてというだけでなく、自分の家の身の回りで危機を感じるからこそ今の状況に対して危機感を持っているのではないかと思います。
下宿して食べるものを自給せずにスーパーなどで買っていますが、実家では家族が野菜を作り、食べる野菜の大部分を自給しています。野菜を育てる環境があっても実家の周りでは高齢化が進み、自分で食材を作っている人が減っていること、どんどん皆が田んぼや畑をやめていくことを実感していました。自分が小学生の頃は田んぼだったところが気づいたら畑になっていて、また気づいたら畑もやめていたということもありました。このようなことを体験することでこのまま米や野菜を作ることをやめてゆくと食料を輸入できなくなったときにどうするのか、危ない状況ではないかと危惧するのだと思っています。
Q:SDGsが2030年までの目標達成を掲げていますが、この「日本の食料自給率」問題は2030年へ向けてどうなっていくものだと想定していますか?
現状ではまだ多くの人が認識し、解決に向けた行動をとっている問題ではないと思います。しかし近い将来に何か問題がおこり、ある食品の価格が急激に高騰して苦しむ。そして多くの人が「やばい!」と行動を起こすという瞬間がくるような気がしています。この時に多くの人が今の食糧自給の状況をどうにかしなきゃと思い、意識や行動が変わりはじめるのではないかと想像しています。農業自体を始める人が急激に増えるような大きな変化は急に起こるとは思えないです。それよりはむしろ解決の契機となる出来事を徐々に認識する人が増え、緩やかに解決に向かってゆく、解決しなければいけない状況に追い込まれていくという気がします。それはじわじわ気温が上がったり、異常気象が続いたりして皆が少しずつ危機を感じ始めていることと似ているかと思います。問題の認識をきっかけに問題自体をなくしていく方向に行動できれば解決につながると思いますが、今すぐに世界的に行動しようというのは大きなきっかけがないと結構難しいと思います。例えば、プラスチックに関してはストローが亀に刺さってしまった写真が問題として取り上げられ、全世界の人々に影響を与えました。それをきっかけに、問題への認知度や理解度に差はあっても何かしら「ストローをやめる」などといった行動につながった部分もあると思います。
食料問題はすぐに直面することがあると思います。以前バターが一時高かったですが、バターのような油でも代替できるようなものではなくて日本人が毎日食べているようなもので同様のことが発生したらそれこそ状況が変わるのではないかなと思っています。10年後にはこういった何かしらの変化の兆しはあると思いますが解決はしていないという気がします。もちろん、解決してほしいとは思います。
Q:「日本の食料自給率」問題に取り組むにあたって主体はどこにあると思いますか?
食料自給率の問題は一人ひとりが想像すべきだと思います。食料が安定的に供給されることを考えることは毎日の食事、自分自身が食べているものに直結する問題だと思います。自分自身が今食べているものがどれだけ自給されているかを一人ひとりが一度振り返り、考えを深めるべき問題ではないでしょうか。日本以外の国においても自給率があまり高くないのに輸入食品への依存度が高い国の人はまず考えてほしいと思います。
Q:上の質問で挙げていただいた「主体」と「自分」にはどのような関係があると思いますか?
自分は日本にいるから「主体」の集団の中の一人と認識しています。その一方で自分は問題を認識し恩恵を受けていることを理解し、輸入されている豚肉などに対してありがとうと思いながら、しかしできるだけ自給率をあるような行動を実践していたりこういう場を利用して知らない人に話したりしているので危機感は感じている方ではないかと思います。
Q:そのテーマに向き合ったときに「SDGs」はどのように関わりそうですか?
SDGsは色々な問題を考えるときに、様々な要素が組み合わさってその問題が発生しているという状況をわかりやすく理解するために使うものだと思っています。個別の問題の解決を考えるときはそれをSDGsまで抽象化しなくてもできると思いますがSDGsを用いることによって問題の背後にある複雑な連関を意識することができ、より問題を理解できるのではないかと思います。
Q:あなたはこの「日本の食料自給率」問題対してどのように向き合っていこうと考えていますか?
一日で大きな取り組みをするのではなく、できることを毎日続けていくということがこの問題においては一番大切ではないかと思っていて、少なくとも自分はそういうスタンスに立って行動しています。他の人たちにもそういう意識を持った食生活をしてほしいとは思います。その際に私自身も急激に食生活を変えることでおいしくないと思って食事をする、精神的苦痛が伴うようであれば続きません。
Q:Goal02の特徴は何だと思いますか?
「飢餓をゼロに」という言葉からは日本などの先進国では無関係のように感じるかも知れません。しかし、食事をとらずに生きてく人はいないので一番皆が身近に感じやすい、取り組みやすい、意識しやすいゴールだと思っています。
Q:最後に、Goal02を一言でいうと何ですか?
「何をどれだけ食べるのか」
何を食べるのか?
飢餓に苦しむ人は栄養のバランスのとれた食事をとる必要だ。日本では米を食べることが食料自給率の上昇につながる。他にも旬の食材や期限に近い食品から食べることは輸送エネルギーや食品ロスを減少させる。
どれだけ食べるのか?
世界にはすべての人が飢餓にならない量の食品が生産されているといわれ、量の分配もうまく行われることが大切だ。
何を食べるのか?どれだけ食べるのか?この二つを考えることが飢餓のゴールを考えることであると思う。
(以下白井よりコメント)
ありがとうございました。
現在まさに新型コロナウイルスの影響でじわじわと輸入に頼ってきたことによる食糧危機が見え始めているのではないでしょうか。今これを書いている3月23日では食料の高騰は目立っていません。ですが私の周りでも中国製の洋服が注文できなくなり、また報道でも今後の物資不足が危惧されています。石油をはじめ様々なものが外国の船と外国の船員によって運ばれている状況が今になって明らかにされているように感じます。不足していなかったのにトイレットペーパーが品薄となる事態は歴史の教科書に載っていたオイルショックの状況そのものでした。この状況で少しでも被害を小さくしようと、様々なことが検討されて、心配の機運ばかりが膨らんでしまっているように思います。インタビューしたとき、危機を避けるのではなく危機から解決していくと想定しているスタンスを興味深いと感じました。防災ではないのか、と。ですがそれはいわゆる防災にエネルギーを割かないという意味ではなく、危機的状況と思われる事態に直面したときに前を向ける考え方なのではないかと思います。そんなに意識しなくても危機は避けようとしますが、危機を経験することでそこから改善に向かっていけるというのは今必要とされるポジティブ思考なのではないでしょうか。